橋本の多津美旅館で、聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【1】

2013年12月24日(火)


橋本の多津美旅館で、聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。

日本に於けるクリスマスは、何故、性の祝祭となり得たのでしょうか。
考えてみれば、不思議です。歳末の忙しい時期に、セックス祭。不思議というか、妙です。
バレンタインデーなら不思議はありません。というかむしろ、自然。なのに何故、クリスマスかと。
その理由は、クリスマスが孕む境界性にあるのではないかと、私は勝手に考えてます。
「今年と来年」 または 「平時と年末」 という、時期的な境界。 「西洋と東洋」 という、文化的な境界。
そして、帰省する者が現在より遙かに強く感じたであろう 「都市と地方」 という、地理的な境界。
本来の起源も 「太陽神の誕生祭」 = 冬至の日であるように、クリスマスは様々な境界を孕んでます。
境界 or アジールが、遊興や性的放埓へ人を駆り立てる魔力を持つことは、周知の事実。
その魔力が、バブル期日本の聖夜に於いてより強烈に作用したのではないかと、私は思うのです。
本気で思うのかといえばもちろん冗談ですが、しかし、聖夜の性祭化に謎があることは、確か。
そこで、聖夜に孤独な聖戦を繰り返して来た当サイトとしては、より敵の本質に肉迫すべく、
境界性がより露わとなるスポットで、2013年のクリスマス単独お泊まり企画を決行してみました。
泊まったのは、橋本の多津美旅館。橋本は、私の地元・八幡にあり、かつて遊廓のあったところです。
「天下分け目の天王山」 の山崎と、淀川を渡る橋で結ばれてたことにその名が由来する、橋本。
京都と大阪の国境+石清水八幡宮の門前にあって、淀川通運の宿場町+門前町として、
また昭和33年の売春防止法施行に至るまでは大きな廓町として、大いに賑わった町であります。
遊廓廃止後も街並がかなりそのままの形で残り、好事家の注目を集めるようになったため、
その手の書籍やサイトがお好きな方なら、町の名前を聞いたことがあるという方もきっと多いでしょう。
多津美旅館は、そんな橋本にあって、売防法施行後に遊廓から転業されたビジネス旅館。
建物は大半が改装されてますが、玄関には華やかなりし往時の面影が猛烈に残ってたりします。
八幡市民の私としては、ちょくちょく前を通るところであり、何か凄く気まずいんですが、
クリスマスと境界性の関係を見据えるにはこれ以上の場所はないと考えて、泊まってみました。
えと、題材が題材+地元の話ゆえ、今回ちょっと、重いです。と同時に、狂ってます。
色んな意味で真面目な方は、閲覧、御遠慮下さい。では、行きましょうか。

【本記事の内容は、全て筆者個人の主観に基づくものです】


17:45、橋本の最寄り駅である京阪電車・橋本駅に降り立ったの図。
かつては遊廓へ向かう客を大量に降ろし、終電ともなれば夜毎混雑を誇ったともいう、橋本駅。
遊廓廃止後は客がいなくなったかといえばそうでもなく、宅地化が進み、それなりの客数があります。
停まるのは、各停のみ。特急で来る方は、各停に乗り換えないと一瞬で通過するので、要注意。


駅の前で出迎えるのは、寺、火見櫓、そして渡し船の道標。昔は違ったようですが。
今は京阪電車の橋本駅を降りたところがすぐ遊廓の入口といった具合で、あくどい化粧をした女がま
ちかまえていたように袖をひきます。 (中略) さんざん女にひっぱられたり抱きつかれたりして、やっ
と百五十軒あまりの遊廓町を通りぬけてすぐ裏の淀川堤に出ました。
井上俊夫 『淀川』 1957)


実際の妓楼数は80数軒だったそうですが、ゼロの現在とは大違いであります。
井原西鶴 『好色一代男』 では 「売子・浮世比丘尼のあつまり」 とワイルド気味に書かれてた橋本、
蕪村は逆に 「若竹や 橋本の遊女 ありやなし」 と詠んでおり、基本、近世は大きな廓でなかったとか。
本当に流行るようになったのは、明治43年の京阪開通以後。電車が客を運んでくれたわけです。


その駅前で、ダンスホールの風雅を残す洋食・矢尾力。寄ったら、営業時間外でした。
開いてたら夕食はここと思ってましたが、無念。営業日&時間、把握してる人はいるんでしょうか。
矢尾力は、橋本で取材があると大抵登場する店。奥には、村松友視が橋本に触れた 『太陽』 あり。
先代の頃、婆さんの客が話す60代息子の色恋沙汰を聞きながら食ったオムライスが、懐かしい。


とりあえず、多津美旅館へ向かいます。多津美旅館があるのは、町の北東の方。
町は京阪と淀川の狭い間に展開し、北側の外周を京街道が囲んでます。間に数本の路地あり。
広くはなく、徒歩で数分という感じ。逆に言うと、密度が凄い。現役時は、歩くのが大変だったでしょう。
無論、今は 「ひっぱられたり抱きつかれたり」 することなど無く、暗い中をひとりで歩くこと、しばし。


建物がよく残ってるといわれる橋本ですが、私にはその辺、正直よくわかりません。
幼い頃から見てた目には、はっきり言って 「終わってる」 と映ります。歯抜けが物凄いというか。
で、それでもいいんじゃないか、とか思ったりします。隣の駅前に生まれた人間の、戯言であります。
とか言ってるうちに、多津美旅館へ到着。こちらの窓も、見る人が見たら凄いものらしいですよ。


多津美旅館、看板。 「お泊り 御休憩」 の文字が、味です。均一の値段設定は謎ですが。
あ、「淀川温泉」 も気になるかも知れませんが、これは売防法後の転業策として掘削されたもの。
予約は、電話で20日前に入れてます。前年、結局は町家を借り切った2012年、すぐ断られたので。
ただ前日になって、自分の名前を言った記憶が全く無いことに気づきました。大丈夫でしょうか。


と思いながら中へ入ると、いきなりバ━━━━━━━━━━ン。


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外は何度となく見てますが、中を見るのは私も初めてです。圧倒される他、ありません。
ブツ自体の迫力+歳月を重ねた迫力、そのWパンチでクラクラしてると、女将さんが出てきました。
普通に商売慣れしてるというか、それもどっちかと言えば大阪寄りテイストの商売慣れした女将さん。
予約は無論ちゃんと通っていて、すぐ部屋へ連れてってくれます。御覧の階段を上り、二階へ。


通された、表の道沿いの四畳半の部屋は、思ってたよりも遙かに、普通。
「残ってるのは、玄関だけやから」 と女将さんが言う通り、部屋には特に遊廓跡という感じはなし。
宿泊料は素泊まり3000円ですが、その値段を考えると、普通の旅館的に見てもかなり普通でしょう。
TVもあるし、エアコンもしっかり完備。鍵も、外からは掛けられないけど、中からは掛けられます。


と、部屋に感心してると、一度階下へ降りた女将さんがお茶と宿帳を持ってきました。
茶葉が大量に入った急須でお茶を入れ、宿帳を記入することしばし。人員は、もちろん、ひとりで。
ひとりなのもいい加減気まずいですが、住所が旅館と同じ市町村であることが、実に、気まずいです。
で、記入したら、飯ですよ飯。何故か聞こえる赤ちゃんの声を聞きつつ、先刻の玄関を通り、外出。


橋本に食い物屋は、ありません。断言すると語弊がありますが、まあ、ありません。
矢尾力が営業時間外、塩ラーメンの名店・ぴっかり食堂が休業中である以上、まあ、ありません。
というわけで、また京阪に乗り大阪側の隣駅、府境を越えて大阪府枚方市の樟葉駅へ向かいます。
樟葉には、ベタな、実にベタな電鉄系ショッピングモールがあるのです。その名も、くずはモール


約3分で到着した樟葉駅、くずはモールと直結したそのボンクラなる駅前景観。
この駅、実は八幡市民の大半が利用する駅だったりします。 「来んな」 とか言われながらね。
買い物や外食も、大体ここで決まり。私も子供の頃、眼科の病院にひとりで通ったことがありました。
橋本遊廓廃止後の宅地化&男山団地建設で流入した民が、みんなここへ吸い寄せられた、と。


再生産臭漂う層がメインターゲットであるモール、クリスマス騒ぎはやや大人しめ。
とはいえ、それなりの賑わいはあり、飲食店も多数営業中。どっかの支店ばかりではありますが。
美味い店も、不味い店も、共にありません。駄目になる前の 「饂飩の四國」 はよく行ったんですけど。
イノダコーヒの支店もあり、席が空いてましたが、ここで物を食うのはコスパが悪いので、スルー。


コスパを考え出すと、どうにもこうにも四川ラーメンのことが頭が離れなくなりました。
四川ラーメン。担々麺を台湾ラーメンで薄めたような、実にジャンクな激辛ラーメンを出す店です。
ラーメン+ライスで700円以下、天カス等も取り放題のため、私も一時期入り浸ってた店であります。
駅から若干離れてますが、テクテク歩くこと、しばし。で、到着したら、無論クリスマスも営業中。


食券を買ってサーブされた、四川ラーメン500円なり。横のライスは、150円なり。
調理担当が変わる度に味が激変する適当な店ですが、今夜の味は謎の麺バリカタでありました。
唐辛子の赤+青梗菜の緑+トッピングした天カスの白に、聖夜感をしたたかに感じつつ、5分で完食。
え、ああ、遊廓の話ですか。やりますよ。やりますけど、人間、クリスマスでも飯は食うもんでしょ。


「ローカルなラーメン屋の話なんか、本当にどうでもいいから」 と言われても、
それを言えば橋本だってローカルな遊廓跡ですよと思いつつ、替え玉100円を頼むこと、しばし。
2杯目は天カスに加え、やはり取り放題の唐辛子&ニンニクを山ほどブチこみました。ああ、美味い。
四川ラーメン、客は、他になし。クリスマスだからでしょうか。入り口では、ツリーが揺れてました。


鼻&耳の穴からもニンニクの匂いが漏れてるような状態で、再びモールへ戻ると、
これまたいかにも支店的な利益率設定を感じさせるスイーツ店の数々に、行列が出来てました。
私もケーキ、買うか。可愛らしい店員へニンニク臭い息で注文してみるか。ふひゃひゃひゃひゃひゃ。
というわけで、行列が長いアンテノールを避け、アンリ何ちゃらかんちゃらでケーキを2つ御買上。


ついでに、ダイエーでプリキュアのシャンメリーも御買上。ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。
あ、下らんおふざけは沢山だと思われたでしょうか。確かにこれは、下らんおふざけではあります。
が、橋本の土地鑑みたいなのを体感的に知ってもらいたい思いで、敢えてやってることでもあります。
電車で3分の場所におけるこの商業集積は、橋本の街並が残ったことと無関係ではないはずです。


ホールケーキの売り込みを背に電車へ乗り、また3分ほど揺られて戻った、橋本駅。
ギャップで、目眩がしそうです。遊廓時代はこっちの方が栄えていたなど、とても信じられません。
橋本駅、各停のみとはいえ、ダイヤは10分ヘッド。列車が来る度に、それなりの数の客が降ります。
が、客の大半は宅地側へ消え、辺りはまた静寂に包まれる。これを10分ごとに繰り返すわけです。


今日がイブであることを忘れるくらいクリスマス感が微塵も無い町を通り、
多津美旅館の部屋へ戻って、TV見ながらアンリ何ちゃらかんちゃらのケーキを早速食らうの図。
買ったのは、手前のクリスマスっぽい何らかのケーキと、奥のモンブラン。各々、500円ちょっとなり。
どう食ってもコンビニケーキとの違いがわからん私を、TV画面が 「クソ野郎!!」 と嗤ってます。


シャンメリーも、開けましたよ。プリキュアの袋を破いて、開けましたよ。
プリキュアを破いて、剥いて、開けましたよ。ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。
と、狂いながら飲んだら、ラーメンとケーキが腹内で一気に膨張し、モンブランの捕食は少しお預け。
腹をこなすため、出かけます。名湯・橋本湯へ入り、町を本格的にうろつくのです。以下、次回。

橋本の多津美旅館で、聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【2】へ続く

橋本の多津美旅館で、聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【1】
橋本の多津美旅館で、聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【2】
橋本の多津美旅館で、聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。 【3】

橋本記事の参考文献 – 私はいったい何をしているのだろう


多津美旅館
京都府八幡市橋本中ノ町15

京阪電車 橋本駅下車 徒歩約3分

多津美旅館 – iタウンページ
 

四川ラーメン 楠葉店
大阪府枚方市楠葉朝日2-13-3
24時間営業

京阪電車 樟葉駅下車 徒歩約15分

四川ラーメン 楠葉店 – 食べログ