節分の吉田神社で、大元宮を見て年越し蕎麦を食べてきました。もちろん、ひとりで。

2017年2月3日(金)


節分の吉田神社で、大元宮を見て年越し蕎麦を食べてきました。もちろん、ひとりで。

2月3日の節分は、日本の現行法に於いて、いわゆる祝日と定められていません。
「現行法でなければ休みだったのか」 とか訊かれると困りますが、とにかく祝日ではありません。
節分が正月を凌ぐほどの盛り上がりを見せる京都であっても、この事情はもちろん同じです。
旧暦の年越しを喜ぶように盛り上がりつつも、現行の祝日法には従い、休みにはならないわけです。
なので、節分の京都を一日徘徊するというのは、土日でもない限り、割と、いやかなり、難しいと。
当サイトではこれまで、この難しさを無理矢理に超克する形で、節分の京都徘徊を続けてきました。
毎年毎年、一日中寺社を回りまくり、2016年は綾部の大本へ泊まりで出かけたりさえしました。
頑張ってたのであります。通すべき義理も通さず、切るべき仁義も切らず、頑張ってたのであります。
冷静に考えると、何を頑張ってきたのかよくわかりませんが、とにかく頑張ってきたのであります。
しかし今回は、遂に時間の都合が付かなくなったのです。暇丸出しの徘徊が、出来なくなったのです。
昼に2時間ほどの空きは何とか確保しましたが、それ以上はどうにも時間が取れなくなったのです。
どうしよう。2時間で、何処をどう巡ろうかな。というか、2時間で徘徊なんか、出来るかな。
「徘徊より何処か1ヵ所に絞った方がいいかも」 と考えていて、頭に浮かんだのが、吉田神社です。
吉田神社。都の鬼門・吉田山に立ち、ゆえに節分が 「京都の節分」 の代名詞たる盛況を誇る社です。
無論、当サイトでも既訪であり、露店の混雑や火炉祭の凄さは、お伝えしている通りであります。
サウスの八幡人ゆえ感じるであろう独特の異様さにも言及する形で、お伝えしている通りであります。
が、夜の吉田の凄まじさは見てても、昼間の吉田の節分は、私、見たことがありませんでした。
あと、参道の年越し蕎麦の露店も、新暦で動く偽京都人として、気になりながらもスルーしてました。
これは、いかんと。 「京都の節分」 の代名詞、全時間帯で見とくべきだと。蕎麦も、食うべきだと。
そう考えて2017年の節分めぐりは、真昼間の吉田神社を短時間で巡回し、済ますことにしたのです。
また、年越し蕎麦もしっかり食い、京都の 「本当の年越し」 を真に面白がることにしたのです。
更には、夜の訪問時には混雑で日和った吉田のコア・大元宮への参拝も、今回は忘れてません。
所要時間、1時間。しかし、 「京都の節分」 最深層は、垣間見えたかも知れません。


で、節分当日の14時前、吉田神社前までやって来たの図。真昼間の吉田、こんな感じです。
出町柳駅を出て東進した今出川通では、節分話をしてる親子こそよく見かけるも、大した人出はなし。
ただ、京大へ近付くほどに人は増え、東大路との交差点では既に警察が 「歩道歩け」 と交通整理中。
この辺では更に人が増え、あと年齢も上昇。平均年齢、20歳くらい上がってるんじゃないでしょうか。


で、進みます。年齢以外は夜とほぼ同じな、露店が並ぶ参道を、進みます。


で、進みながら早速面食らう、出町のたい焼きの大行列。


何故か夜より周囲に馴染んでるように見える、井筒の露店。


先へ進めば進むほどに存在感が増す、中高年の参拝客。


客は中高年ばかりなのに、割と普通に営業してる、遊戯系の露店。


で、露店を抜けたら、中高年がもっと増える、二ノ鳥居前。


石段を上がったら、中高年がもっともっと増える、本殿境内。


目出度く甦り、夜に向けて順調に嵩を上げている、火炉。


今年もまた多彩過ぎて脈絡がない、福豆に付いてる福引の景品。


で、お参りに本殿へ向かうと、福豆などを授与する社務所が大繁盛してるの図。


混雑を抜けて本殿前まで進むと、もちろんこちらも参拝する人達で大繁盛してるの図。


境内は、あらゆるところに授与所が設置され、こちらも全てが大繁盛してるの図。


で、私も、授与所で福豆を1袋購入したの図。豆1袋に 「厄除け福当り」 券1枚が付くのです。
福引の抽選が行われるのは、翌日の2月4日。10組4844番、何が当たるのかな。やっぱり、車かな。
抽選結果の発表は、少し後の2月8日。もちろん、吉田神社の公式サイトで当選番号が確認出来ます。
が、今この場所にいる人の大半は、昔ながらに京都新聞の紙面で確認するのではないでしょうか。


で、豆政の露店の前を通って、ぼちぼちと大元宮&蕎麦露店へと移動するの図。


菓祖神社では、豆茶接待に釣られて立ち寄ろうとしたら、混んでたので日和るの図。


蕎麦の露店へ着くも、先に大元宮へ行く為、横の山蔭神社だけお参りするの図。


夜と同じ大混雑+フル稼働状態の露店が並ぶ参道を進んで、大元宮へ向かうの図。


で、大元宮であります。 「全国の神々をまつる」 「日本第一霊場」 の、大元宮であります。
延喜式内社3132座の御利益が一度に得れる、唯一宗源神道こと吉田神道の根本殿堂であります。
無始無終で常住恒存の存在たる絶対原初の神・大元尊神を祀る、日本最上神祇斎場所であります。
と、何ともヤヴァ気な社ではありますが、ゆえにかつては、本殿よりも庶民の信仰を集めたのです。


というか、節分期間中は今もなお、本殿より庶民の信仰を集めてる感がなくもない、大元宮。
盛況に加え、吉田神道の原理を表現したという特異な八角屋根も、ヤヴァめな効き目を物語ります。
吉田神道は、室町期の吉田社家である吉田兼倶が、この大元宮と共にブチ上げた神主仏従の神道。
兼倶は、 「日本の神は全て、ここへ集まった」 とブチ上げました。で、何故かそれが、通ったのです。


神々大集合状態を示す、祠の壁。御利益のワンストップ・ソリューション、という感じでしょうか。
さながら天下一祈祷会を勝手に開いた兼倶は、伊勢神器も参戦と豪語し、朝廷の御墨付も獲得。
胴元にして最強を自負し、神祇管領長上として宗源宣旨も発布し、神社界の統率権まで奪取します。
江戸期には、その権力が諸社禰宜神主法度で裏打され、盤石化。カマシも言ってみるもんですね。


神道界最強の家元となった吉田家は、国営神事が行われる神祇官八神殿も、大元宮へ移転。
節分祈年祭もこの場で行われるようになった為に、庶民は節分へ参加出来るようになったんだとか。
今の節分のルーツ、的な話であります。と同時に、吉田の節分の異様さの根源、的な話でもあります。
あ、最強だった吉田神道、明治の頃には無力化。八神殿も東京へ遷座しました。諸行無常ですね。


いや、東京遷都は法律でちゃんと決まったもんやおへん。それに旧暦かて、まだ死んでおへん。
せやし、京都のほんまもんの正月は、今日どす。ほんまもんの年越し蕎麦を食べるのも、今日どす。
というわけで、年越し蕎麦です。おっちゃんがノンストップの客引きやってる露店で、年越し蕎麦です。
蕎麦露店は、食券制。持帰蕎麦も売ってる受付で650円の食券を買い、露店テントの中へ入ります。


テントへ入ると、地べたの数ヶ所で炭火が焚かれ、その周囲に床机がセッティングされてる感じ。
入ったら配膳の兄ちゃんに声をかけられ、テントの奥に設置された厨房へオーダーが通されました。
食券は、蕎麦との引換制。適当な場所に座れば、 「河道屋のれん会」 の字を見ながら、待つのです。
テント内の客層は、外を歩いてる層と全く同じテイスト。入りは、8~9割は埋まってるように見えます。


そのうちに、お茶が運ばれ、次いで蕎麦が運ばれました。箸袋は、堂々「年越そば」 の名入り。
650円の 「年越そば」 は、小振りな碗に入った、かけ蕎麦。おろし山葵と刻み海苔だけ、乗ってます。
葱は、なし。神社の境内にて 「禰宜」 と同じ音のものを食らうのはよろしくない、という理屈でしょうか。
やはり境内に屋台で出る順正の湯豆腐には、思いきり葱が乗ってたけど。何か、よくわかりません。


さっきの絵面では箸袋で隠れてましたが、おろし山葵は、こんな感じ。そして、本当に葱はなし。
極めてシンプルな 「年越そば」 、味の方は、650円という感じです。まあこんなもん、という感じです。
麺は普通の露店より少しだけ美味く、出汁は普通の露店よりはっきり美味い、というところでしょうか。
しっかり味わうより速く丸呑み出来るこの淡泊さこそ、京都の節分の最深層の味に違いありません。


で、帰ります。日光以外は夜とほぼ同じな、露店が並ぶ参道を、帰ります。


で、当日の夜、福豆を撒かずに食うの図。丹波系の者としては、鬼は 「内」 に入れるのです。
豆を撒くのが、恥ずかしいからではありません。また、単に食い意地が張ってるからでもありません。
あ、福豆の福引、当日は楽しみにしてたんですが、翌日には完全に忘れ去り、番号確認を怠りました。
習合神道の権化みたいな八幡に住む偽京都人には、吉田の魔力、宵越しで効かないのでしょうか。

昼の吉田の節分、何度も書いてる通り、客は圧倒的に中高年が多いです。
若者もそれなりの数がいましたが、それ以上の勢いで地元系の中高年が多いです。
観光系なタイプは少なく、移住系にもあまり出くわしません。家族連れでさえ、割と少なめ。
あと、地元系といっても左京区的という感じではなく、汎京都市的なネイティブテイスト。
少なめの若者もまた、左京区的というより汎京都市的なネイティブなテイストと感じました。
若者、学生風もいなくはないですが、昼ゆえか少なめ。観光系の姿も、やはり希薄。
単独は、男女とも妙齢のイティブ系が大半で、男に物好き系がたまにいるくらい。

そんな吉田神社の、昼間の節分。
好きな人と巡れば、よりなやらいなんでしょう。
でも、ひとりで巡っても、なやらいです。

2011年の吉田神社の節分祭・追儺式へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【1】
2011年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【2】

2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【1】
2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【2】
2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【3】

2013年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【前篇】
2013年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【後篇】

2014年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【前篇】
2014年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【後篇】

2015年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。

綾部・大本本部へ節分大祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。 【前篇】
綾部・大本本部の節分大祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。 【後篇】

【客層】 (客層表記について)
カップル:若干
女性グループ:若干
男性グループ:若干
混成グループ:若干
子供:若干
中高年夫婦:1
中高年女性グループ:2
中高年団体 or グループ:5
単身女性:超微
単身男性:微

【ひとりに向いてる度】
★★★
夜よりは遥かに、ネイティブ祭の雰囲気が味わえる。
しかし、夜ならではのストレンジさやパニック感は、希薄。
境内がどうなってるのかを確認しながら回りたいなら、
昼に出かけた方がいいかも知れない。

【条件】
平日金曜+節分 13:50~14:50


 
 
 
 
 
吉田神社
京都市左京区吉田神楽岡町30
拝観自由

京都市バス 京大正門前下車 徒歩約5分
京阪電車 出町柳駅下車 徒歩約15分

吉田神社 – 公式

吉田神社 – Wikipedia