大原女時代行列へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年5月7日(土)

大原女
大原女まつりの大原女時代行列へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

大原女と書いて、おはらめ。
隠棲の里・大原より、独特のスタイルで薪や農作物を京へ売りにやってくる女性達の通称です。
そのルーツは、壇の浦で我が子を抱いて入水するも死にきれず、寂光院に隠棲した建礼門院。
院に仕えた阿波内侍の作業着姿を、地元娘たちが真似。それが大原女の始祖と考えられてます。
鄙の中にも御所由来のセンスが光るその姿は、古くから歌に詠まれ、絵にも描かれ、
単なる行商としてのみならず、一種の雅な風物詩として長らく都の人から愛されたとか。
しかし大原女、実際は雅どころではない重労働です。大原から京都までの移動は、もちろん、徒歩。
バスなど、走ってません。そもそもバスが走れるような道さえ、最近までありませんでした
だからこそ行商に意味があったわけですが、交通が開けるとその意味が薄まり、大原女は減少。
今の大原女は、観光用ばっかり。で、それではいかんと奮い立ったのが、当の大原観光保勝会。
地元以外の若い女性にも大原女の衣装を着てもらおうと、「大原女まつり」なるイベントを企画。
大量の変身大原女を動員して、時代行列も開催。それに絡めて、フォトコンテストも開催。
「変わった格好したい」女と、「女を撮りまくりたい」男が集結するイベントとして、
人気を博するようになりました。
「それ、要するにコスプレ撮影会ですよね」と言われたら、全くその通りです。
ただ、カメコの平均年齢が普通の撮影会の3~4倍高いのが、大きな特徴であります。

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