梅宮大社の梅産祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2013年3月3日(日)


梅宮大社の梅産祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

産め、産め、産め、産め、産め。
こんなことを言われると、女性は、一体どんな気持になるんでしょうか。
「子供作れ」 どころか、 「結婚しろ」 「彼女作れ」 とさえ身内から言われなくなった私には、
理解する機会はほぼ永久に来ないと思いますが、ゆえに不思議といえば結構、不思議であります。
自分の性的なファクターにあれこれと口を出されると、私はかなり頭に来る方なんですが、
「産め、産め」 というのはそれどころの騒ぎではないのであり、私が女なら言った奴に向かって、
「お前が、産め。男でも、産め。肛門で、産め。女なら、もっと産め。まずお前が、貧乏大家族やれ」
みたいなことを言いそうですが、でも実際の女性がそういうことを言うのはあまり聞かないので、
やはり不思議といえば実に不思議、よくわからんと言えば実によくわからん話であります。
再生産プロパガンダは飛び交うものの、露骨に 「産め」 とはさすがにあまり言わない現代日本で、
堂々と 「産め、産め」 と言ってるのが、梅宮大社で3月第1日曜に行われる 「梅産祭」 です。
「梅産祭」 、読みは 「うめうめまつり」 。いや、本当に。丸っきり、「産め、産め」。
死体の腐乱化を9コマで描いた西福寺・九相図で御馴染、橘嘉智子 aka 檀林皇后が、
なかなか夫・嵯峨天皇の子を産めないのを悩んだ末、この社の白砂を床の下に敷いて寝たところ、
直ちに懐妊、めでたく仁明天皇を産んだことに端を発するという、梅宮大社の子授け信仰。
そんな由緒と梅の開花シーズンをひっかけ、さらには女の子の節句である3月3日もひっかけ、
ついでに日本で最初に酒が作られたという日本第一酒造の祖神という由緒もひっかけ、
梅を見ながら梅酒 or ジュースを飲み、再生産の活性化を祈願する祭であります。
独男には無縁というか、本質的な意味では花灯路以上のアウェーさえ予測される祭ですが、
その恐怖に特攻魂を刺激され、梅が本咲きでもないのにノコノコ出かけてみました。
何も生み出さない男が、梅から 「うめ、うめ」 と言われる様、御覧下さい。

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梅宮大社・嵯峨天皇祭での梅津六斎念仏を観に行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年8月28日(日)


梅宮大社・嵯峨天皇祭での梅津六斎念仏を観に行ってきました。もちろん、ひとりで。

梅宮大社。祭神は名前の通り、梅宮辰夫です。もちろん、嘘です。
本当の祭神は、本殿に酒解神・大山祇神をはじめとする、四柱。
相殿には、平安京を完成させたといわれる嵯峨天皇と、その后である橘嘉智子ら、四柱。
橘氏の氏神として山城国相楽郡に創建されましたが、遷都に伴い現在地の梅津へ移転。
一門から皇族に嫁いだ橘嘉智子が、この神社に祈願+仁明天皇を懐妊したことは有名であり、
「梅」という言葉の響きもあってか、子授け・安産の神としても崇拝されてます。
そんな梅宮大社の夏の大きなお祭りが、嵯峨天皇祭。
浅からぬ縁があることを反映して、嵯峨天皇の命日8/28に近い8月最終日曜に、祭礼を開催。
といっても、雅かつ堅苦しいものではなく、午前中には小学生らによる奉納相撲、
午後らは参道に露店が並び、夜には盆踊りも完備の、地元密着系のアーシーな祭りであります。
で、何といってもこの祭りの目玉は、梅津六斎保存会による奉納公演。
現在でこそ郊外住宅地の梅津ですが、昭和に入って高度成長期に至るまではずっと、農村。
京都の都市郊外の他の農村と同じく、ここでも大いに六斎念仏は隆盛したといいます。
中断や再興を経ながらも、その精神は現在の講中にもたっぷりと受け継がれ、
トップ画像を見てもらえば一発でお分かりの通り、六斎ならではのディープさを放っているのです。

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