» 東山区 ひとりでうろつく京都 (β版)

清水寺の青龍会へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年3月17日(木)

舞台で暴れる青龍
清水寺の青龍会へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

東日本大震災より一週間。
発生当初、遠忌を予定通り厳修するといってた東本願寺と知恩院は、数日後に延期を発表。
知恩院はついでに、夜間ライトアップも中止。
「節電しても何にもならん」とイベント続行を宣言した東山花灯路も、結局は行灯を消灯、
さらにはイベントそのものも「東山祈りの灯」と追悼仕様へ変更しました。
そんな状況にあって我が道を行くのが、観光スポットのキングである清水寺。
ライトアップも、フル出力で敢行。そしてこの青龍会も、遠慮なく実行。キング、恐るべし。
で、青龍会って何だという話ですが、清水寺の門前会が主催してるイベントです。
読み方は「せいりゅうえ」。「せいりゅうかい」だと何となく広域指定な香りがするので、要注意。
2000年、秘仏御本尊・十一面千手観音像が33年ぶりに開帳されたのを受け、開始。
門前会のHPには能書きがいろいろ書かれてますが、要は最近始めた、客寄せです。
法螺貝吹いて、コスプレ覆面巫女が法水撒いて、張り子の青龍がウニョウニョする、そういうのです。
「それを今、やるか」という話ですが、やるのです。

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清水寺・2011年花灯路協賛の夜間拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年3月13日(日)

夜の清水寺を奥の院から望む
清水寺2011年春の夜間拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

東日本大震災発生から、2日目。
桜の開花には早く、咲いたら咲いたでまた本格的な夜間拝観を行なう清水寺が、
中途半端なこの時期にライトアップを行なうのは、東山花灯路との連携のため。
花灯路は中途半端ゆえ観光客が減るこの時期に、集客力を上げようと企画された営業イベント。
宗教的必然性は、いつもに増して、薄い。でも、やると。
関西からの送電を阻む、50Hzと60Hzの壁。変電所は、すでに能力の限界。
「そもそも東京は電気使い過ぎ」「地方をないがしろにし過ぎ」と憎まれ口も叩きたいところですが、
言うまでもなく原発に関しては京都・大阪も事情は大して変わりません。
それに、在京の知り合いが見せる尋常ではない凹み加減、余震による疲労を超えた、
何か異常な精神的ダメージを目の当たりにすると、私も心が痛みます。
現状、手が出ない。なので、とりあえずやめとくか、それとも敢えてやるか。
清水寺は、後者を選んだようです。今夜もビーム、京の夜空を一直線に貫いています。

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京都・東山花灯路2011へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年3月13日(日)

東山花灯路・二年坂
京都・東山花灯路2011へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

東日本大震災が発生した3/11から、2日目。
明治以来の観測史上最大、マグネチュード9という無茶苦茶な地震、
日本最高度の津波防災力を持ってたであろう三陸地方を一瞬で飲み込んだ津波、
そして天災によって引き起こされた人災である、原発の爆発事故。
阪神の時とは違い、いまだ災害の全容さえつかめないほど被災地は広範であり、
そして言うまでもなくそのほとんどの地域で電気を含むライフラインはストップしてます。
電力不足により、翌14日からは首都圏でも計画停電が行われることが、決定。
そんな状況の中、大量の行灯を点灯する閑散期集客行事・京都花灯路は、始まってしまいました。
ご存知のとおり、東日本と西日本では交流の周波数が異なるため、直接送電ができません。
周波数変換した上での送電量MAXは、100万キロワット。対して、不足は1000万キロワット。
どうにもならん、と。ならば敢えて開催し募金を集めようではないか、と考えての開催だそうです。
ただし、公式ブログでも翌日以降どうなるかわからんと明記されてますし、
現場で歩いてる時も「今日で終わりらしい」という声を何度も聞きました。
そんな花灯路、行ってきました。

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2011年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。 【3】

2011年1月1日(土)


2011年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。 ラストです。

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2011年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。 【2】

2011年1月1日(土)


2011年への年越しを、京都で迎えました。の、続きです。

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2011年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。 【1】

2011年1月1日(土)


2011年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。

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クリスマス早朝の清水寺へ行きました。もちろん、ひとりで。

2010年12月25日(土)

早朝の清水寺・舞台から京都タワーを望む
クリスマス早朝の清水寺へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

 亡き母からのご縁がふかく、私は三十余年の間、毎朝お参りをさせて頂いております。朝早よう起
きて、祇園さんから二年坂、三年坂、その角の七味屋さんのとこの石段あがって、まだ起きといやし
まへん土産もんのお店のならぶ清水坂をのぼりきると、清水さんの大石段、楼門に、三重の塔を霧
の中に見上げますともう、心のふるさとにきた思いです。音羽の滝のお不動さんに、手をあわして拝
がみ、お水を杓でいただき口に含むときのさわやかさ、いっぺんにゆんべからの気しょくの悪かった
ことも拭うて下さるようにすうっと消え、しゃんとなって八十三段の石段をのぼり、観音さまへ、きんの
(昨日)一日の御礼を申し、今日もまた無事なように願う心のあたたかさは、いいようのない嬉しいも
のでございます。お堂の前の舞台にでますと、晴れた日の春は、紫のうす霧に、西の本願寺さんの
屋根が、浄土にわたる舟のように浮んで見えまして思わず手を合わします。
(古寺巡礼 京都 月報24 清水寺 淡交社 1978 「清水さん」 増田好)

30年以上前の小冊子に描かれた、信仰の対象としての清水寺。
この30年の間にあったバブルや世界遺産認定などが、清水寺とその周辺をどう変えたのか。
生活レベルの信仰はどう変わったのか、あるいは変わってないのか。
そのあたりを確かめるため早朝の参拝を敢行した、というのは、嘘です。
イブに泊まった宿があまりに寒過ぎて寝てられず、運動のために外出しただけです。
が、そこで目にした光景は引用文まんまの世界、清水寺のもうひとつ顔、あるいは真の顔でした。

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PHいずみハウスで聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。

2010年12月24日(金)

PHいずみハウスで明石家サンタを見る
クリスマスイヴはお泊まりでした。もちろん、ひとりで。

メリークリスマス!!
と言われても、孤独+社会的プレッシャーとの精神戦のゴングにしか聞こえない皆様、
いかがお過ごしでしょうか。正気は、保たれてるでしょうか。
恋人も友達もおらず、部屋の壁や自分の心の闇をじっと見つめる、聖夜。
危険です。ひょっとしたら真の意味で神に近づいてるんじゃないかと思えるくらい、危険です。
そんなマッドな気分を紛らわすために、イブの京都ひとりお泊りなんか、いかがでしょう。
もちろん、京都といえどクリスマスは多くの宿が満杯です。が、あるところには部屋、あります。
それが、この日泊まった、PHいずみハウス。
一泊1500円という驚異の宿代が、好き者の間で静かな波紋を呼んでいる宿です。
値段を聞くとドミトリー形式の宿をイメージされそうですが、舐めてもらっちゃ困ります。
こちらのいずみハウス、部屋はすべて完全個室。ネカフェのナイトパックを凌ぐ安さなのに、個室。
「孤独がほしくて旅に出てる」「でも確実に孤独な環境を確保するための金はない」
「ドミトリーで人とのコミュニケーションとか、したくない」「まして外人なんか論外」
という我がままな同志たちが、必ずや興味を持つであろうスペックを持つ宿なのです。

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清水寺で行われた「今年の漢字」発表へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2010年12月10日(金)


清水寺で行われた「今年の漢字」発表へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

今年の漢字
年末になると清水寺で発表される、その年を表す漢字。あれであります。
「毒」だの「変」だの「偽」だのと、過去のチョイスを見ると案外妙な字が多いんですが、それはともかく。
ご存知の方も多いかも知れませんが、このイベント、清水寺が主催してるわけではありません。
この「漢字」の発表はあくまで、イベント。仏事 or 寺の行事ではないのです。
主催者は、漢検。正式名称、財団法人日本漢字能力検定協会
ここが清水の舞台をレンタルして、ついでに名筆で知られる清水寺貫主・森清範の手も借り、
検定受験の宣伝、もとい、漢字の普及を促進させるため行ってるわけです。
本当に単なるイベントに過ぎないんですが、清水の舞台と森貫主の揮毫が絵になるためか、
師走の風物詩として定着、ニュースにも決まって取り上げられるようになりました。
実は私、この漢検と縁がないわけでもなかったりします。
私のみならず、京都で学生やった人の何%かは、ここのお世話になってるはずだったりします。
いや、検定を受けるという話ではなく。むしろ、その、逆というか、何というか。
一応、守秘義務があるんですよ。なので詳細は書けませんが、と書けば想像がつくあれですよ、あれ。
しんどいんですよ、あれ。結構ちゃんとやってるんですよ、あれ。
却って面倒くさい10分休憩とか、ねえ。なのに、ねえ。トップが不祥事起こして、ねえ。
理事をやってた森貫主が辞めるとか言い出した「今年の漢字」ですが、
体制変えて何とか存続、清水寺と森貫主の揮毫も存続、今年も発表が行われる運びとなりました。
で、その発表の現場を見に行ったというわけです。

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東福寺へ紅葉を見に行ってきました。もちろん、ひとりで。

2010年11月26日(金)


東福寺へ紅葉を見に行ってきました。もちろん、ひとりで。

JRは最近、東福寺駅での京阪電車乗換えを推奨してるそうです。
いわく、京都駅からバスに乗り換えて観光地へ向かうと、混むし、非常に時間がかかると。
しかし、一駅だけ奈良線に乗り京阪へ乗り換えると、東山方面へのアクセスが格段に良くなると。
銀閣寺から平安神宮祇園清水寺、そして泉涌寺や文字通り東福寺まで、
駅はちょっと遠いものの、京阪は案外メジャーな観光地を揃い踏みしてる電車なのですよと。
生まれてこの方ずっと「おけいはん」の民である私からすれば、常識以前の話であり、
むしろ何故この便利なルートが今まで認知されなかったのかが不思議という話であります。
誰か、隠してたのか。混雑がいやで、隠してたのか。JRか、京阪か、双方のユーザーかが。
南部の京阪民としては、現在の数倍の観光客が東福寺から乗ってきても、別に問題ありません。
どっちみち、特急で通過してるし。そう、京阪東福寺駅って、特急が停まらないんですよ。
ああ、やっぱりそこか。特急通過駅。確かに、不便。でも、じゃあ停めればいいことなんじゃないか。
何故、停めない。JRは、新快速を停めてる。何故、京阪は各停しか停めない。
JRと、関わりたくないのか。戦前の梅田乗入失敗以来、JRと関わることを避けてるのか。
などと、思うことしきりなんですが、もちろん全てしょうもない冗談です。
観光利用が不安になった人のために付記しとくと、東福寺特急通過は、ホーム長の問題ゆえ。
また、東福寺より上の観光地ゾーンは、特急もほとんど各駅停車。何に乗っても問題ありません。
もし問題があるとすれば、それでなくても紅葉の海が人間の海に化ける秋の東福寺が、
より凄まじい混雑に見舞われる可能性があるくらいでしょうか。
紅葉ピークであったこの日の東福寺は、その危惧が現実化したような混み加減でありました。

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知恩院のライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2010年11月24日(水)


知恩院のライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

デカい、とにかくデカい、知恩院
玄関にそびえ立つ国宝・三門からしてもう、デカい。同じく国宝・御影堂もまた、デカい。
大晦日に大勢の坊さんがバックドロップで打つ重文・大鐘楼も、やはり、デカい。
敷地自体も無茶苦茶に、デカい。ついでに、連日信徒さんを乗せてやってくる大型バスも、デカい。
とにかく巨大、とにかくスケールが違う、圧倒的存在感を誇る浄土宗総本山でございます。
ここまであからさまにデカいと、嫌われても不思議はありません。
ステイスモールを美徳とする京都では、嫌われても不思議はありません。
が、知恩院を悪くいう声はあまりないんじゃないでしょうか。むしろ「さん」づけで、親しまれてるような。
偽京都人の私もまた、知恩院が嫌いではありません。というか、結構、好きです。
三門の前を通れば不思議と心が温まり、時間があれば御影堂へ立ち寄ったりもします。
徳川が朝廷を牽制する気満々で再建した、キナくさいといえばかなりキナくさい、巨大伽藍。
似たような目的で築城された二条城には滅多なことがなければ立ち寄らないのに、
知恩院には不思議と親しみを感じるのです。これは一体、何故なのでしょう。
法然上人の深き慈愛が、徳川の思惑など軽々と超え、我々を導いて下さってるのでしょうか。
それとも単に、片方は入城券が必要で、もう片方は参拝無料だからでしょうか。
そのあたりを確かめるために、というのは大嘘ですが、
とにかく割と高価な拝観料をふっかける紅葉たけなわな秋の夜間拝観へ行ってきました。
普段は無料の境内を全域有料化して行われるライトアップ、そのお値段、実に800円なり。
無料でなくとも、知恩院は、法然上人は、慈愛の光を見せてくれるのでしょうか。
 (2012年付記:知恩院は現在大修理中。記事内の友禅苑以外は、当分拝観できません)

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清水寺・2010年秋の夜間拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2010年11月17日(水)

夜の清水寺・夜間拝観の行灯
清水寺の2010年秋・夜間拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

清水寺。
京都の観光スポットといえば、まずはここから始めるしかありません。
春は桜、秋は紅葉、何にもない時でも修学旅行生が溢れかえり、常時フルハウス状態。
正に超メジャー級、キング・オブ・京都観光と呼ぶにふさわしい集客力を誇る寺であります。
そんな清水寺が春・夏・秋と行っているのが、ライトアップ+夜間拝観。
照明が伽藍に及ぼすダメージや信仰上の問題などで、寺の多くが二の足を踏んでた頃から、
観光寺院としての使命感ゆえか、清水寺は率先して夜間拝観を開始。
以後、他の多くの寺もこの流れに追随し、特に東山周辺は何かといえばギンギラギンにライトアップ。
数百円の拝観料だけで宗教的イルミネーションが楽しめるとあって、
「ホテルでコンビニのメシ食う」というチープな入洛者の夜にも、彩りを添えるようになりました。
もちろん、チープな地元カップルや学生カップルにも、このコストパフォーマンスは、魅力的。
光に吸い寄せられる蛾の如くこの手の輩も集結するため、結果として夜の清水寺は、
「観光ハイ+恋愛ハイ+桜 or 紅葉ハイの人たち」が大挙して押しかける魔境となったのであります。
そんな魔境、単身で乗り込んできました。
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