平安神宮・紅しだれコンサートへ行きました。もちろん、ひとりで。

2011年4月8日(金)

尚美館ステージのピアノ
平安神宮の紅しだれコンサートへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

紅しだれコンサート。
毎年4月上旬に、平安神宮の神苑で開催されるコンサートイベントです。今回で23回目。
春になれば南神苑を天蓋のように覆う名物・紅しだれ桜、そのライトアップを存分に堪能してから、
招聘されたミュージシャンによる演奏もこれまた存分に楽しむという、実に結構な催しであります。
が、このイベント、料金が高い。2000円。前売りならもうちょっと安いですが、基本、こんなもん。
もちろん、一般のコンサートと比べたら、全然安い値段です。
料金には通常600円の神苑入苑料も含まれるので、実質的な値段は更に下がると言えるでしょう。
でも、何か、抵抗あるなあ。敷居が高いというのもあるけど、それ以上に何か、抵抗あるなあ。
好きなミュージシャンなら万々歳だけど、何かなあ、知らん人、多いもんなあ。
見方を変えたら、普通のライトアップにおまけがついて2000円だもんなあ、きついなあ。
と思って、当日まで金払って観る気は全くなかったんですが、
その日の昼間、都をどりがすんなり観れたことで何か、心がちょっと浮き足立ちまして。
「看板と壁と漏れてくる音だけでネタにしてやろう」という心積もりで応天門まで行ったら、
勢いでチケット買い、特攻してしまいました。

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祇園へ都をどりを観に行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年4月8日(金)

祇園甲部歌舞練場玄関
祇園甲部歌舞練場へ都をどりを観に行ってきました。もちろん、ひとりで。

都をどり。
言うまでもなく毎年4月に開催される祇園甲部の舞踊公演であり、
多々ある「をどり」の中で、恐らくは最もメジャーな「をどり」であります。
発端は、明治。東京遷都により凋落の危機に立った京都は、産業振興策として博覧会を開催。
都をどりは、その付博覧、いわば余興として生まれました。
明治5年の第1回は新橋小堀の貸し席で、翌年以降に新設された祇園甲部歌舞練場で、毎年開催。
京都の新たな春の風物詩として定着し、現在に至るも高い人気を誇り続けてるというわけです。
もちろんチケットの入手は、その困難さそのものがネタになるくらい、困難。
「男ひとりでフラフラ行って、当日飛び込みで観た」なんて話、あまり聞いたことがありません。
というかそれ以前に、私、「都をどりを観る」という発想さえ、持ったことありません。
しかし、震災を受けて現在の京都は観光客、減少中。特に外人は、激減。
「ひょっとしたら、いけるんじゃないか?」「こんな今だからこそ、行くべきか?」と思い立ち、
普段はせいぜい前を通るだけの歌舞練場へ、正面から客として入ってみたというわけです。

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東寺のライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年4月6日(水)

五重塔と桜①
東寺のライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

闇深き京都の夜に、夜ごと黄金の輝きを放つ、五重塔。
世界遺産にして真言宗総本山の東寺・五重塔は、年がら年中、ライトアップされてます。
その神々しい姿を眺めつつ、京都の旅を終え帰途に着いた方も多いことでしょう。
何故ここが毎日ライトアップされてるかといえば、おそらくは観光客向けのサービスか、
あるいは京都タワーに対抗して「我こそ真の京都のランドマーク」と主張したいんでしょう。
が、南の辺境民である私には、この輝きが「都の南限」を示している印象も受けたりします。
平安京の正門たる羅城門と同一線上に並ぶ立地。説明不要のシンボリックなビジュアル。
そしてここ以南から始まる、「雅」からほど遠い、全然京都らしくない街並み。
実際、京阪国道を北上して「京都に入った」と私が感じるのは東寺が見えた時であり、
「京都を出た」と感じるのは五重塔を通り過ぎた時。
間違っても、工場やラブホや荒野だらけの京都市/八幡市の境界を越える時ではありません。
市域がどれほど拡大しようとも、真の洛内とは、ここまで。
光る五重塔は、そう宣言してるのかも知れません。「本当か」と問われたら多分、嘘ですが。
さすがに震災以降は休止状態でしたが、夜桜のライトアップは有料ながら実施。
普段は塀の外から見るだけのキンキラキンを、根元から眺めに行ってみました。

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白川宵桜ライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年4月3日(日)

弁財天付近の宵桜
祇園の白川宵桜ライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

「かにかくに 祇園は恋し 寝るときも 枕の下を 水のながるる」。
言わずと知れた、歌人・吉井勇が祇園を詠んだ歌です。
祇園歌人として知られる吉井ですが、実はちょっとだけ八幡歌人でもあります。
と言い出すと、八幡市民による地元ゴリ押しと思われそうですが、実際そうです。すんません。
「かにかくに~」と詠んだ30年後、吉井は療養のために辺境の地・八幡へ転居します。
松花堂庭園の近くの寺・宝青庵へ寓居し、谷崎潤一郎や志賀直哉などの訪問を受けながら、
妻とのつつましい生活を『残夢』なる歌集にまとめたり、八幡音頭なるものを作詞したりしました。
文化的水準が極めて高い我々八幡市民は、そんな吉井勇を最大限にリスペクト。
新しく開発された地域を「男山吉井」と命名、彼の文学的功績を「生きた形」で讃え続けています。
では男山吉井はさぞ「かにかくに」な風流な花街かといえば、特にそういうこともなく、
どっちかと言えば「蟹角煮」な生活感の漂うちょっと良さげな住宅地だったりするんですが、
もちろんそんな狂った与太は全くどうでもよく、話はあくまでも白川のライトアップです。
「寝るときも 枕の下を 水のながるる」茶屋だったという「大友」など、
残っていたら値打ちものであったろう街並を、戦時疎開でぶっ潰して生まれた、白川南通。
その通をメインに、道沿いの桜をライトアップするのが、祇園白川宵桜ライトアップであります。

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法然院の春季特別公開へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年4月1日(金)

椿の散華でいっぱいの手水鉢
法然院の春季伽藍内特別公開へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

法然院。
哲学の道のすぐそばにあり、無料で拝観できる寺院として高い人気を誇る寺です。
といっても、ただ単にたくさんの人で溢れかえるわけではなく、ほどほどの量と質の人気を維持。
「タダでいろんなものいっぱい見れた~」というデフレで空虚な満足感でもなく、
「タダならまあこんなもんか」という物足りなさでもない、実にほどほどな充足感。
静謐な境内が生むそんな感慨が、良質の拝観客を呼び続けている寺なのであります。
何故ここが拝観無料かといえば、檀信徒からの浄財で運営される檀那寺だから。
要は、普通のお寺。なので、檀信徒さんの法要などを最優先するため、伽藍は通常非公開です。
一般参拝客である我々は、この寺の山門や前庭を見てるに過ぎません。
その山門と前庭のクオリティがあまりに高いので、おなかいっぱいになってるに過ぎません。
が、それでもやっぱり中も見たいという方々のために、春と秋には有料ですが特別公開を実施。
秋は紅葉、春は法然院名物の椿が活かされたビジュアルを楽しむことができます。
そんな、法然院の内側、行ってきました。

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