6月 2023 - ひとりでうろつく京都 (β版) ひとりでうろつく京都 (β版)

夏越祓の茅の輪を求めて木津川市をうろつきました。もちろん、ひとりで。

2023年6月30日(金)


夏越祓の茅の輪を求めて木津川市をうろつきました。もちろん、ひとりで。

夏越祓茅の輪くぐりまくりの舞台として、前から木津川市は気になり続けてました。
木津川市。京都府の最南端に位置し、むしろ隣接する奈良市との縁の方が深いエリアです。
「木津」 という地名が示す通り、元々は木材の津 = 河川港があることで知られた町であり、
その木材を運ぶ水運ハイウェイ = 木津川の近くに広がる旧木津町を中心として、栄えてきました。
木材の搬送先は隣の奈良が当然多く、そもそも平城京の外港として町が出来たとも言われるほどで、
その辺を考えれば、この町は京都以上に長く深い歴史を持つ町と言えるのかも知れません。
では、南都と縁が深いこの木津川市が何ゆえに夏越企画の舞台として気になり続けてたかと言えば、
正に奈良/京都の境界という地理が、夏越が孕む境界性とシンクロすると考えたからです。
当サイトは、境界というテーマにこだわり、こだわる中で1年を半分に分かつ夏越の境界性にも注目し、
祇園祭/稲荷祭の境界たる松原通にて水無月を食いまくるといった荒行などもしてきました。
そして、このテーマをさらに深く追究するには、本当の境界の地へ赴くべきと思うようになったのです。
都合の良いことに木津川市は、平城京レベルの古い歴史を持つがゆえに渋き古寺や古社が多く、
京都~木津の港~奈良を結ぶ奈良街道の周辺も、特に良さげな社が沢山存在してます。
また、奈良街道周辺の旧市街からやや離れた辺では宅地開発や道路建設が異常なほど活発で、
ある意味で町全体が過去/未来の境界と言える景観を生み出してるのも、味わい深かったりします。
この木津川市で茅の輪めぐりをしたら、面白いのではないか。境界の探求にもなるのではないか。
ルートはもちろん、奈良街道を基本で。それも、木津の港から南進して奈良県の境界を目指す形で。
となると、晴天の日は逆光で歩くことになるので、狙うなら悪天の日で。出来たらもう、雨天の日で。
そんなことを、ここ何年か考えてました。そして遂に2023年、企画決行に相応しい天気が訪れました。
この年の夏越の日 = 6月30日は、全く陽が指さない悪天。南進には、これ以上ない気候です。
天佑を感じながら木津川市へ向かい、茅の輪を求めて奈良街道を歩いてみました。

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さすてな京都へあじさいを観に行きました。もちろん、ひとりで。

2023年6月12日(月)


さすてな京都へあじさいを観に行きました。もちろん、ひとりで。

京阪電車本線に於ける駅間距離の最長区間は、淀駅中書島駅間の4.4kmであり、
淀駅の隣である八幡市に住む私は、所要時間約5分であるこの4.4kmを日常的に通ってます。
南向きの時は、巨椋池干拓地の空を見ながら。北向きの時は、横大路沼跡地の煙突を見ながら。
駅間距離が長いのは、敷設時点では横大路沼が存在し、大きな集落などがなかったためです。
横大路沼は、秀吉の伏見城築城&その水運確保のため行った宇治川改造の際に生まれた沼地で、
伏見と淀城を結ぶ京街道の足場 = 淀堤によって、巨椋池の北辺を分離する形で出現しました。
それ以前の一帯は、恐らくは水と陸との境界さえあやふやな沼地というか遊水地だったわけであり、
かの下鳥羽/草津港まで含めて、京都南部の水路/海路のゲートとして機能してたのでしょう。
現代に入るとこうした池や沼は干拓で姿を消しますが、横大路沼の干拓完了は比較的遅くて、戦後。
ある意味、水と縁深き洛南の景色を最後の最後まで留めてたのが、この沼なのかも知れません。
干拓後の横大路沼は、豊かな土地と水を活かすべく工場/施設が多く建つようになりました。
誰もがスーパーで目にするような和菓子のメーカーの工場を始め、多くの建物が林立してますが、
その中でずば抜けた存在感を放ってるのが、京都市の環境施設・京都市南部クリーンセンターです。
横大路沼の干拓が完了する以前の昭和11年から、横大路塵芥焼却場として処理業務を開始し、
干拓完了までは沼の畔で、完了後は敷地と施設を拡大しながら、増大する一方の市のごみを処理。
現在は1日最大1100tのごみを焼却出来る、京都市の環境政策に於ける重要拠点となってます。
居並ぶ他の煙突を圧倒するかのようにそびえるその紅白の煙突は、正に此地のランドマークであり、
京阪電車 or 京阪国道を通る人なら、京都市民でなくともその威容を日々目にしてることでしょう。
クリーンセンター、2019年には環境学習施設・さすてな京都が設立され、見学が簡単になりました。
で、このさすてな京都、あじさいが名物だったりします。その株数、実に1万株以上。中々です。
そんなあじさいを、水と縁深き洛南の幻影を求めるように小雨の中、観に行きました。

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