文の助茶屋へ寄ってから、八坂庚申堂の初庚申へ行きました。もちろん、ひとりで。

2014年2月18日(火)


文の助茶屋へ寄ってから、八坂庚申堂の初庚申へ行きました。もちろん、ひとりで。

八坂道は私にとって、迷うことが案外多い道だったりします。
えと、八坂通というのは、東山の八坂道のことです。八坂の塔へ続く、あの道のことです。
清水寺などと並ぶ超メジャー級京都観光アイコンである、あの塔が突っ立ってる道のことです。
「何をどう迷うのか」 と思われるかも知れませんが、正にあの八坂の塔があるが故に、迷うのです。
塔で視野狭窄になってる観光客を、疲労と徒労を回避すべく視界から省く癖がついてしまい、
そのうち八坂の塔そのものも見てるだけで疲れてくるので、知覚から削除する癖がついてしまい、
そのため土地鑑が歪に狂い、方向感覚が壊れ、何となく迷いがちになってしまったというか。
知覚と認識の遮断による、土地鑑と方向感覚の混乱。そんなのを、私は八坂通に感じるのです。
で、そんな感覚遮断を誘発させる八坂通に、 「見ざる聞かざる言わざる」 の八坂庚申堂があるのは、
当の八坂庚申堂からすると 「知るか」 という話でしょうが、私には腑に落ちることだったりします。
八坂庚申堂。正式名称、大黒山金剛寺延命院。ネイティブな通称は、単に 「庚申さん」 。
日本に於けるほぼあらゆる事象について、 「京都が一番」 「京都が最初」 を自称する京都ですが、
庚申信仰三猿についても無論 「日本最初」 を押さえてて、それがこちらの 「庚申さん」 です。
平安京構築への貢献で知られる秦氏が、本尊として中国より招来したとされる青面金剛を、
秦氏滅亡の後にこの地へ安置したのが始まりという、やはり極めて古い由緒を持つお堂であります。
で、そんな八坂庚申堂が旧暦最初の庚申日に行う初庚申へ、のこのこ出かけたわけですが、
「庚申さん」 、現在は観光地のど真ん中ながら実にネイティブなお堂で、初庚申もまたネイティブ。
基本、猿型の蒟蒻焚きを食う他には、特にすることがありません。ネタ的に正直、不安です。
というわけで、 「庚申さん」 の近くにあって実に観光地らしい佇まいの文の助茶屋にも立ち寄り、
早春を告げる和菓子であるわらび餅を食らってから出向く、という流れにしてみました。
猿と蒟蒻とわらび餅が錯綜する八坂の迷宮、迷ってみて下さい。


「これでどう迷うんだ」 と、自分で撮った写真を見て自分でも思う、13時頃の八坂通。
しかし、この見え過ぎる塔+ 見え過ぎる街並から、脳内フィルターで観光的な要素をカットすると、
ほぼ何も残らず茫洋たる道が続くのみになるのは、誰でもある程度理解できるのではないでしょうか。
東山全体は、2月ということもあってか、客は少なめ。ただ、冬休みらしき学生は結構いましたが。


フィルターを解除して見渡すと、すぐに目に入るのが左の赤い 「さるぼぼ」 状の物体。
この界隈での呼称は、 「くくり猿」 。今から向かう八坂庚申堂の、最も有名な授与品であります。
「猿は厄をサル」 ということで、家や店舗が軒先に吊し、家内安全&無病息災を祈願するわけです。
お堂自体は小じんまりとした八坂庚申堂ですが、ネイティブな信仰はこういう感じで結構、篤し。


くくり猿、アップ。ちょっとは 「くくられた猿」 っぽいビジュアルに見えるでしょうか。
四隅を折り曲げて縫い合せた小さい座布団+丸い頭。見ようによっては、かなり 「猿」 に見えます。
「庚申さん」 では多彩なカラーバリエーションで猿を授与してますが、この辺は赤系が実に多いです。
赤は、疫神を寄せる力を持つ色。そんな感じの 「実用性」 も、あるいは意識されてるんでしょうか。


で、迷わず無事に到着した、八坂庚申堂。さっきの道を、真っ直ぐ歩いただけですが。
はっきりと小さい寺です。迷うというより、見落とすというか。 「八坂の塔台もと暗し」 状態というか。
前の石碑と幟に 「日本最初庚申堂」 とある通り、平安以前にまで遡る歴史を持つというお堂ですが、
明治初頭の宗教政策やらのゴタゴタで境内が狭くなり、現在のような佇まいになったんだとか。


表門の天辺でお堂を守護する、三猿。いわゆる 「見ざる聞かざる言わざる」 です。
京都で猿といえば、何といっても鬼門封じの猿ライン。で、三猿はちょっと馴染みが薄いというか。
庶民の人生訓・処世訓として有名な三猿の教えも、私は江戸 or 関東のイメージが沸いたりします。
京都は 「こっそり見てこっそり聞いてこっそり言う」 の地ゆえ、そんなイメージが湧くんでしょうか。


ではこっそり境内へ入ろうとして、何故かまた八坂の塔周辺をうろつき始めるの図。
蒟蒻焚きは、志納制。小銭が要るんですよ。しかし私、この時に万札しか持ってなかったんですよ。
志納で釣銭をもらうのも何なので、いっそ観光客向けの店で札をくだこうと、店を物色することしばし。
観光客少なめとはいえ、ウロウロしてると写真撮影を頼まれたりもしながら、物色することしばし。


なるべくなら滅多に入らない店がいいな、と思って目についたのが、文の助茶屋
やはり観光フィルターが効いてると不可視化されてしまう人気店ですが、この日は目視できました。
明治末、2代目桂文之助が高座引退後に高台寺・三面大黒天で始めたのが由来の茶屋であります。
芸能人プロデュース店の嚆矢であり、佇まいもそれ風感、多大。ある意味、相手にとって不足なし。


で、足を止める奴は極めて多いものの、中へ入る奴は極めて少ない門をくぐり、
床机が並んでる店先を通って店へ入ると、中はえべっさんの飾りもんやお多福などで、いっぱい。
あ、ここ、甘酒とわらび餅で有名な店。プロデュース店の嚆矢とはいえ、無駄に高価くはありません。
そもそも文之助は、公式サイトによると店の座布団の配置にも気を配るような実直な人だったとか。


先客カップルが座るテーブルを避け、その座布団が並ぶ茶屋スペースに座ることしばし。
漫才などに席巻されつつあった上方を捨て、新建材の建物に町家が蹂躙される京都の街も捨て、
「京に田舎有り」 「粋様参る無粋な店」 を心得とする店をこの地で開き、余生を送ったという、文之助。
その東山が一大観光地化し、この店が一大観光客向け店化したのは、時代の皮肉ではあります。


オーダーしたのは、この店の名物である甘酒とわらび餅をセットにした、 「京好み」 。
わらび餅は、梅が咲き始める初庚申に際し、早春の銘菓を味わおうという趣向でのオーダーです。
甘酒は、梅が咲き始めるとはいえ当然ながら2月はやっぱり寒いので、暖まりたくてのオーダーです。
で、オーダーして2分ほどでやってきた、 「京好み」 。840円なり。単品で頼むより、100円お得。


「京に田舎有り」 「粋様参る無粋な店」 と共に創業の心得であるという、甘酒。
それ故か、 「まず先に甘酒を飲んでくれ」 と言われたので、言われた通り、先に飲むことしばし。
味は極めて、濃厚。トロトロというか、ドロドロ。麹感が濃いのみならず、甘さというか味自体が、濃厚。
座ったのが玄関前ゆえ、先刻の門から無粋に覗きこむ人を無粋に見返しながら、飲むことしばし。


濃厚な甘酒で濃厚に暖まってから、春をフラゲするべく食らいつく、わらび餅。
こちらもまた味が、濃厚。きな粉のきな粉感みたいなのは、普通。ザラザラとしたレア感は、薄め。
わらび餅そのもののわらび感みたいなのも、味の濃さを別にすればやはり普通という感じでしょうか。
「粋様」 ならぬ 「無粋輩」 の感想であります。無粋に食い、無粋に勘定し、釣銭で小銭もゲット。


で、戻って来た八坂庚申堂。写真が先刻のものの再使用である点、恐縮であります。
すぐ戻ったためか、あるいは蒟蒻焚きが割と頻繁に行われるためか、写真を撮るのを忘れました。
蒟蒻焚き、60日毎に訪れる庚申日には御縁日として開催。年6回以上なので、割とハイペースです。
あ、そもそも庚申日とは、人体に潜む三尸なる虫が入眠中に体を抜け出し、天へ昇れる日のこと。


「何て日だ」 と言われても私も知りませんが、そんな虫とそんな日があるそうですよ。
三尸、宿主が死ぬと自由になれるため、天界では神に宿主の罪を密告&寿命の短縮化を懇願。
それを防ぐべく、人は庚申日の夜は寝ずに起きてたり、三尸を食う神・青面金剛を拝んだりしたとか。
また、 「罪を見ざる聞かざる言わざる」 ということで猿も援用され、御覧の賓頭盧はくくり猿だらけ。


私も、三尸に 「見ざる聞かざる言わざる」 扱いにして欲しい罪があるので、くくり猿を購入。
一体、500円。冒頭みたいに家の軒先へ吊すのもOKですが、賓頭盧へ奉納するのも無論OK。
私は、こちらへ奉納することにしました。願い&年月日&名前を猿の背中 (腹?) に書くことしばし。
あ、奥の本堂にはくくり猿を吊す衝立があるので有名ですが、この日は祈祷か何かで、移動中。


真言を唱えて耐え忍べば、心願が成就するという、くくり猿。私も願いを書きました。
「安易な集客に走らぬよう 孤立を恐れず 確かさを」 と。もちろん、このサイトについての願いです。
記事を短くしたり、 「!」 を連発したり、ソーシャルだのバイラルだのと言ってみたくなったりした時に、
「おん でいば やきしゃ ばんた ばんた かかかか そわか」 と真言を唱え、邪な誘惑を祓うのです。


で、肝心の蒟蒻焚きですよ。結局くくり猿のお釣りでも、500円玉をもらいましたしね。
蒟蒻焚きは、表門左手にテントと椅子が設置され、そこで奉仕されてます。先述の通り、志納制。
で、500円玉ではなく文の助茶屋での釣銭を志納し、煮込まれてる鍋から頂いたのが、御覧の蒟蒻。
椅子に置かれてた由緒書きには、猿形にくり抜かれてると書かれてましたが、正直、わからん・・・。


爪楊枝で持ち上げてみましたが、それでも猿形かどうかは、正直、わからん・・・。
異様に若くてお洒落な奥さん風の女性に 「北を向いて食べて下さい」 と言われながら頂いたので、
御覧の様に表門がある北側へ言われるがまま向き、備え付けのカラシをつけながら、食うことしばし。
蒟蒻は、三尸の駆除&無病息災の効力を持つとか。曰く、 「コン (根) よくヤク (厄) をとる」 と。


「じゃあ、麻薬中毒患者からの信仰も篤いんでしょうか」 と訊ねたくなりましたが、
北向に加え無言で食う方が効きが良いというので、三猿像を見つつ、黙って食い続けることしばし。
三猿像、見つめ続けてると、感覚を遮断してるというより、むしろこっちを積極的に嘲笑してるというか、
「プッ」 「あちゃー」 「こんな馬鹿の話聞くと馬鹿が伝染る」 と言ってるように見えてくるのは、何故。


悟りの境地とヤク中の幻覚の狭間の如き感慨を抱きながら蒟蒻を食い切った後、
境内に生える梅の木に咲いた小さな花&つぼみを愛でて、また春の香りをフラゲすることしばし。
あ、もっと蒟蒻パワーが欲しいという方は、ここの 「こんにゃく祈祷」 をやってみてはどうでしょうか。
病名を書いた紙人形を蒟蒻に張って天井に吊し、水気を抜くように病気を抜くというものです。


八坂庚申堂、 「タレコ封じ」 でも有名。詳細については、自力調査と想像で、よろしく。
正に灯台もと暗し状態というか、観光地のど真ん中でネイティブな信仰が生きるお堂でありました。
15時から護摩があるそうですが、雪が降ってきて寒いので、帰ります。春はまだまだ、遠いようです。
振り返って眺めた表門守護の三猿は、寒さで目と耳と口をそれぞれ押さえてるように見えました。

八坂庚申堂、客層をどうこう言うほどの客数はありません。
前の八坂道を歩く観光客の若者と中国人が、ちょくちょく流れてくる程度。
時間にもよるかも知れませんが、蒟蒻焚きを食べるのは、地元系の中高年が時々いるくらい。
たまに主婦グループが、自転車で大量にのたくりこんで来たりしましたけど。
境内の雰囲気は、極めてネイティブ感が強いとも言えますが、
周囲が周囲だけに、その手の雰囲気はかなり中和されてるんじゃないでしょうか。
文の助茶屋は、本文中の通り、先客はカップルが1組。後客は、独な妙齢女性が1人でした。

そんな文の助茶屋と八坂庚申堂の初庚申。
好きな人と行けば、より見ざる聞かざる言わざるなんでしょう。
でも、ひとりで行っても、見ざる聞かざる言わざるです。

【ひとりに向いてる度】
★★★
庚申堂自体の雰囲気は、
★★★★か★★★★★に近いが、
そこへ至るまでの道と、その周囲の雰囲気は、
完全に観光地であり、かなりアウェー。
 

八坂庚申堂
京都市東山区金園町390
9:00~17:00

京都市バス 清水道下車 徒歩約5分
京阪電車 祇園四条駅下車 徒歩約20分
 

八坂庚申堂 – 公式

金剛寺 (京都市) – Wikipedia

京甘味 文の助茶屋 本店
京都市東山区下河原通東入八坂上町373
10:30~17:30

京都市バス 清水道下車 徒歩約6分
京阪電車 祇園四条駅下車 徒歩約20分
 

京甘味 文の助茶屋│粋様参る無粋な店

文の助茶屋 本店 – 食べログ