久美浜へこのしろ寿司を食べに行ってきました。もちろん、ひとりで。

2019年2月14日(木)


久美浜へこのしろ寿司を食べに行ってきました。もちろん、ひとりで。

久美浜。京都の 「端」 の中でも、最も 「端」 な佇まいを持つ町といえるでしょう。
立地するのは、京都府の最北である京丹後市の、最北西。伊根や経が岬がある辺の、さらに西。
最北ゆえ、すぐ北にあるのは日本海です。が、町が直で面するのは、外海から隔てられた潟湖
真青な空と真青な海が穏やかな美しさを誇るその景観は、 「タンゴブルー」 と呼ばれ、高い定評あり。
また当然ながら海の幸も豊富であり、王道のカニに加えて牡蠣の美味さも有名だったりします。
となれば、どんどん出かけて観たり食ったりしたいところなんですが、そうするには久美浜、遠い。
私が住む南部の八幡からだと、公共交通機関で行ける京都府の町としては、恐らく一番遠いです。
ほとんど南の端から北の端へ行くようなものなので、遠い。なのでもちろん、かかる交通費も高価い。
鉄道がない伊根より、高価い。多分、延々とバスに乗らなければいけない美山よりも、遠くて高価い。
ので、京都の 「端」 や 「境界」 を裏テーマとする当サイトも、ずっと行けずじまいだったのでした。
しかし、それでもなお出かけたくなる理由が、冬の久美浜にはあります。このしろ寿司です。
このしろ寿司。いわゆるコハダが少し大きくなった魚・このしろを用いた寿司ということになります。
であれば、それこそコハダの握りみたいなのを想像するんですが、これが全く違うらしいんですよね。
ベースになるのは、シャリでなく、おから。また作りも、江戸前の握りとも上方の箱寿司とも違うという。
おから寿司そのものは、日本の各地に割とあるものですが、少なくとも京都ではあまりありません。
また、コハダ自体が京都 or 関西ではマイナー。このしろも同様です。なのでこれは、実に珍しい。
「端」 や 「境界」 ならではの食文化に触れられるのではないかと、興味をそそられたのでした。
おまけに、カニみたいに高価くない。牡蠣ほどの値段さえしない。一本、500円もしない。いい感じです。
ので今回、時間・金・興味のバランスを何とか整えて、遠路はるばる出かけて見たのであります。
で、実際に食したこのしろ寿司によって、斜め上どころではない凄まじい衝撃を、受けたのでした。
そしてその衝撃は、久美浜の印象さえ、大きく変えてくれるものだったのでした。


先述通り、久美浜は京都府の最北西。金も車もない私は、山陰線の鈍行でひとまず北上します。
山陰線、園部の辺から窓の外は真白になりましたが、さらに北上して綾部の辺まで来ると雪は減少。
福知山城を拝む頃には雪は消えてました。分水嶺を超えて日本海側へ出たのを、体感したわけです。
福知山から先は、丹鉄 aka 京都丹後鉄道に乗り換えて、その日本海の海岸に沿う形で久美浜へ。


久美浜、丹鉄に乗る京都府内ルートより、兵庫県・豊岡経由で行った方が、便利といえば便利。
ただこの時の丹鉄、良いフリー切符を出してたんですよ。特急・丹後の海にも自由席は乗れるという。
ので、有難く乗らせてもらいました、丹後の海。実に映えます、丹後の海。でも車両内は、割と安普請。
指定席は、もっと豪華なんでしょうか。自由席、2月平日のためなのか、客の姿はあまり見えません。


とか思ってたら、車内改札が始まり、指定席から大量のバカップルが自由席へ流れてきました。
ガラ空きだろうと舐めてた車両は、ほぼ満員化。そしてもちろん、その連中の大半は、天橋立で下車。
こんな日でも行く人いるんですね、天橋立。何を観るんでしょうか。というか、視界はあるんでしょうか。
そう、この日は暗雲が立ち込める、見事なまでの悪天。丹波の雪は、この辺では雨になるわけです。


丹後の海は、網野まで。その先は、単行の各停に乗りました。車両は、reゼロのラッピング車両。
写真を撮る大きなお友達に見送られ、reゼロに興味ゼロな老婆の話を聞きながら、西へ向かいます。
温泉客を大量に乗せたりしながら各停は進み、不思議な形の海を車窓に見せてから、久美浜へ到着。
大きなお友達に疲れてる風な運転手さんに切符を見せ、降りました。降車客は、私を含め2人でした。


で、久美浜駅舎を拝見。正しく、京都府最西端の駅であります。文字通り、 「端」 の駅であります。
立派な駅舎は、久美浜県の県庁がモデル。そう、久美浜って明治初頭、県庁所在地だったんですよ。
現在の建物は平成に建てられたもので、物産も扱う観光案内所付き。このしろ寿司も、買えそうです。
が、せっかくここまで来たなら、製造元の店で買うべきでしょう。と思い、悪天だけど徘徊がてら町へ。


久美浜の町、丹後の漁村感は薄く、割に綺麗。雅な雛飾りもあって。流石は元・県庁所在地という。
久美浜県は、丹後・丹波・但馬から播磨美作に至る広範囲の旧天領を管轄するため設置された県。
無論この地も旧天領であり、県庁が置かれる前は丹後・但馬の天領を管轄する代官所がありました。
そう思えば、京都の 「端」 とかいうのも、あくまで京都中心の失礼な物言いかも知れないわけです。


では、どうして久美浜に代官所が置かれたのかといえば、ここが御城米の発送ゲートだったから。
不思議な形の海 aka 潟湖である久美浜湾から、江戸・大坂に向けて御城米廻船が出てたわけです。
天然の良港ゆえ、日本海海運の要衝としても栄えてます。その頃の雰囲気、今もあったりなかったり。
張り巡らされた堀川とかに、何となく。で、その堀川の先に、海、いや湖、いや潟湖、見えてきました。


こちらが、潟湖・久美浜湾。まるでエヴァジオフロントを2D化したような、不思議な形の海です。
ジオフロントでいえば、この辺はきっとネルフ本部。先刻の駅は、さしずめセントラルドグマでしょうか。
あ、実際に御城米廻船が出てたのは、エヴァ射出口の辺に相当する海との接続口、湊や旭湊だとか。
その頃もこんな悪天の日には、様々な地から来た船人たちがこの本部の辺で休憩してたんでしょう。


そんな久美浜湾で獲れるこのしろを使うのが、名物・このしろ寿司。買いますよ。食べますよ。
海から町へ戻り、このしろ寿司を製造・販売してる綿徳商店に着きました。佇まい、余りにも激渋。


店前には、堂々 「このしろ寿司あります」 の文字。安心して入り、店の人に寿司を頼みます。
持ち帰りかどうか訊かれ、公園ででも食うと答えたら、じゃあ切っときましょとカットしてくれました。


ここのもうひとつの名物・鯛せんべいを、割らずに持ち帰る方法を考えてるうち、カットは完成。
切ってもらったこのしろ寿司をもらって、代金を支払って、退店。買えた、買えた。食おう、食おう。


で、食うんですが、海が見える公園が近くにあると地図でわかってたんで、そっちへ行きます。
あ、当たり前のことで書くのを忘れてましたが、海、寒いです。いや、それより何より、風が超強烈。


もう寒いという感じではないんですよね。風が強くて冷たいという。要約すると、寒いんですけど。
時化た風が氷になってビンタ食らわす、みたいな。この風が、丹後名物の 「うらにし」 なんでしょうか。
ある意味で青い海と同様に丹後を象徴する 「うらにし」 を、借景として食す、丹後名物。いい感じです。
曇天の中を舞う鳥が、こっちを狙ってそうで怖いですが、雰囲気は良いのでここで食おうと思います。


というわけで、このしろ寿司、公園のベンチ+100均の割れない皿に盛って恐縮ですが、御登場。
寿司の形状は、いわゆる姿寿司。頭から尾までこのしろを本当に一本丸々使う、見事な姿寿司です。
コハダ的に光る魚体は、全長が20cm程度。御覧の腹でなく背から、隅々までおからが詰まってます。
江戸期の武士はこのしろを食うのが御法度だったそうですが、こっそり食うから背開きだったりして。


コハダの大きい姿寿司を想像しながら、とりあえず食い始めてみました。食うと、おからが強烈。
物凄く、酸っぱいです。ほぼ、酢の爆弾状態。あと、甘い。謎の炭酸スナック感みたいなの、感じます。
普通の寿司では似たものがないと思えるし、食い物全般に範囲を広げても類似品は思いつきません。
食感は、米感こそゼロながら、妙に良い感じ。寿司というよりおやつ、それも冬より夏に向いてるかも。


「おからを使った郷土寿司」 と聞くと、和え物的なあっさり系を連想しそうですが、これは全く別物。
とにかく、想像の斜め上を行き過ぎる味です。まるで外来の料理を食ってるような気さえしてきました。
このしろ本体は、酢〆された光ものの味。ですが正直、おからが凄過ぎて、何かよくわからないという。
先述通り、おから寿司は日本各地にあるわけですが、どこもこんな物凄い味になってるんでしょうか。


漁も農作業も難しいこんな悪天の日のため、保存食として作られてきたのであろう、おから寿司。
愛媛は 「いずみや」 、浜田は 「おまん」 、尾道は 「あずま」 として、この寿司が伝わってるんだとか。
「いずみや」 は、新居浜に闖入した住友屋号。 「おまん」 は、江戸で流行ったプレ握り寿司の呼称。
「あずま」 は、そのまんま東。昔から 「外来の味」 と認識されるくらい、物凄い味だったんでしょうか。


山口や新潟の 「唐ずし」 も、似た響きを感じます。地味な保存食の中の軽い異世界感、みたいな。
無論、本当に外来の可能性もありますけど。江戸のプレ握りは、 「おまん」 そのままの代物らしいし。
また、おから寿司が残る地の多くは北前船・廻船業に縁深く、江戸・大阪とコネクションを持つ地です。
久美浜も、そう。南部民がこの辺の言葉に感じる関東アクセントも、何かを物語ってたりするのかも。


京都などという内陸都市をすっ飛ばし、港湾都市と広範なネットワークを築いていた、久美浜。
鈍行で丹波の山をチンタラ越えた身としては、そんな夢想に身体的な説得力を感じなくもありません。
妄想だって膨らませてみたくなるものです。 「おから寿司は、この久美浜の地こそが発祥地だ」 とか。
御城米廻船により江戸へ届き、於満稲荷前で於満寿司を生み、全国に伝播した、とか考えたりして。


何せ久美浜は、このしろの麹漬に対する令状が家康から送られた地。ない話でもないでしょう。
麹漬は、寿司でなく和え物的なものらしいけど。また、食い物でなく織物の可能性も高いらしいけど。
麹漬、食い物なら九州・臼杵「きらすまめし」 みたいな感じかも。と、妄想を薬味にして寿司を食了。
食後は、風情ある街並でも徘徊したいところですが、痛いくらいに寒いので、寄れる場所を探します。


何でもいいから風を凌げる屋内の場所はないかと思ったら、ありました。豪商・稲葉本家です。
廻船業で財を築いた稲葉家が建てた、大豪邸であります。が、入るだけなら無料。なので、入邸。


稲葉家は、 「きらすまめし」 の臼杵を治めた稲葉氏とルーツが同じという、美濃出身の一族。
雛飾りや駕籠に、往時の勢いを感じます。もっとも稲葉家は、後に隆盛した家みたいですけどね。


エヴァ射出口 aka 湊に居並ぶ旧豪商が衰退した後、近代前後に隆盛し始めた、稲葉氏。
この豪邸も割と新しくて、明治中期製。水運に引導を渡すかの如く、鉄道敷設にも尽力したとか。


その鉄道が開通した際に振る舞われたというのが、魚でも寿司でもおからでもない、おはぎ。
ここ、有料ながらお茶も飲めるのです。水運の死に思いを馳せながら頂くおはぎは、おはぎの味。


稲葉本家で暖を取ったら、町も少し徘徊しときます。面白い看板も見たり。宮津県、壮大ですね。
でも、久美浜県も先述通り、割と壮大。稲葉家も、県成立前から美作で育児補助とかしてたそうです。
ただ、編入される側の美作・播磨は怒り、特に生野の変生野の辺は怒り、県はあっという間に解体
一瞬だけ本当に宮津県になってから、豊岡県の時期を経て、この地は京都府の 「端」 となりました。


京都府の 「端」 といっても久美浜、やはり先述通り、豊岡からは近し。車で15分ほどでしょうか。
あ、豊岡というのは、有名な城崎温泉を擁する市です。でも兵庫県のため、車は姫路ナンバーという。
なので久美浜も、姫路ナンバー車、多し。南部民の眼には、非現実感 or 異世界感、半端ありません。
でもこれはこれで、現在にも残る久美浜県の名残みたいな現象かと思うことも、あったりなかったり。


その豊岡方面にも、少し歩いてみました。着いたのは、如意寺。夏の千日会が盛大な寺です。
先刻触れた家康の令状は、細川氏家老・松井康之に送られたもので、この寺に写しが残ってるとか。
そういえば、松井氏が移った八代・天草には、ここのこのしろ寿司そっくりな姿寿司があるんですよね。
ミッシングリンク妄想、果てしなく広がります。というか、リンクはかつて本当に広がってたんでしょう。


飛行機・新幹線を常用し、近所の中都市より東京に馴染んでる人は、現代ではいくらでもいます。
同じような塩梅でかつての久美浜は、近代まで物流のハイウェイであった海運で各地へリンクを張り、
半端な地方都市へ堕ちて行った京都を尻目に、様々な形での交流を深めてたのではないでしょうか。
このしろ寿司は、この海が持っていた役割・意味を、その味で現代へ伝えてるのではないでしょうか。


とはいえ、久美浜発の航路は現在なし。帰りも、稲葉家が出資した宮津線 aka 丹鉄に乗ります。
こんな悪天の中でも半分寝ながら楽々と移動出来るんだから、陸上交通ってやっぱり便利ですよね。
久美浜をあっさり発ったのは、このしろ寿司の衝撃と感動を、まっすぐ家に持ち帰りたいと思ったから。
断じて、せっかく買った丹鉄のフリー切符を活用し、丹後をあちこち回ろうとしたのでは、ありません。


網野で降り、以前から行きたかった網野の網野銚子山古墳へ行ったりするわけも、ありません。
墳頂へ登ると急に陽が差し、この不安定な気候こそが 「うらにし」 かと感嘆するわけも、ありません。
また、やはり以前から行きたかった 『とり松』 で、丹後名物・ばら寿司を堪能するわけも、ありません。
鰆などと共にばら寿司を食し、 「やっぱり寿司は米が良いな」 とか思ったりするわけも、ありません。

久美浜、冬の寒い日に出歩く人はあまりいないので、観光客の姿は僅少。
見かけたのは、稲葉屋敷のカップルと、駅舎内で震えてるアジア系観光客カップルくらい。
そのためのんびり歩けた、と書きたいところですが、寒さは半端ありません。
いや、厳密にいえば海ゆえ湿度があるため、寒さそのものは実は然程でもないのです。
ただ、風が強い。その風が強烈に水気を含み、氷のように冷えてて、寒いというよりもう痛い。
超曇天を借景として拝んだ潟湖は、これはこれで凄いビジュアルのように感じましたけど。
このしろ寿司の味については、書いてる通り。私には、あまりのも衝撃的なものでした。
レアな発酵系郷土料理に慣れてる人ならともかく、普通の人が普通に寿司をイメージして食うと、
あらゆる意味で衝撃を受けるのは間違いないんじゃないでしょうか。
そのあたりの衝撃度も含めて、ひとりに向いてる度は★★★★くらいで。

そんな久美浜の、このしろ寿司。
好きな人と食べたら、より久美浜なんでしょう。
でも、ひとりで食べても、久美浜です。


 
 
 
 
 
 
 
綿徳商店
京丹後市久美浜町3162
不定休

京都丹後鉄道 久美浜駅下車 徒歩約10分

綿徳商店 – 京丹後ナビ