西舞鶴のはんなり食堂へ、いさざを食べに行ってきました。もちろん、ひとりで。

2020年3月21日(土)


西舞鶴のはんなり食堂へ、いさざを食べに行ってきました。もちろん、ひとりで。

篠田統 『すしの本』 を読んでると、「踊り食いは京都が発祥」 といった話が出てました。
同書に拠ると、大阪 『蛸竹』 の親父さんか誰かから、篠田氏はそう聞いた覚えがあるんだとか。
新鮮な魚が獲れる江戸では、 「新鮮ならいいってもんじゃねえよ」 となったそうです。大坂も、同じ。
ふ~んという話であります。そういえば、近世の鴨川に生魚料理店があったという話、聞きますね。
美濃吉に関するコピペ文でよく見る 「川魚生洲八軒」 がどうたらという、あれです。なるほど、と。
海が遠い、京都。ゆえに高まる、魚への欲求。結果的に鱧料理なる食文化も生んだ、魚への欲求。
踊り食いは案外、京都の特性から生じた極めて人工的&強引な食文化なのかも知れません。
とはいえ、それも冷蔵・冷凍の技術がなかった時代の話。現代では無論、踊り食い事情も異なります。
味自体が独特な鱧料理は残りましたが、イベント性が高い踊り食いを売りにする店は今では希少。
川魚生洲八軒も、殆ど消えたし。現代の生活者としての私も、踊り食いは京都と疎遠と思ってました。
が、これも日本海側へ行けば、話はまた別。春の舞鶴には、いさざの踊り食いがあるのです。
「海の京都」 を体現する街・舞鶴。いさざは、そんな舞鶴を流れて海に注ぐ川を、早春に遡上する魚。
ハゼ科の小さくて透明な魚であり、正式名称・シロウオとして九州などでも生でよく食されてるとか。
舞鶴でも当然、遡上してきたこの魚を、踊り食うのであります。春の風物として、踊り食うのであります。
このいさざの踊り食いに私が初めて出逢ったのは、2019年春、所用で訪舞した時のことでした。
あくまで所用だったため、食事はとにかく安く済まそうと思い、でも魚はそれなりに食いたいなと考え、
また観光客が少ない店を望み、海から離れたはんなり食堂なる店へ赴き、そこで出逢いました。
野菜炒め定食の香りが食欲を刺激するような店内で出逢ったいさざの踊り食いは、超ナチュラル。
人工的&強引に野趣を得るのではなく、あくまで 「近くで獲れたものを近くで食う」 という感じであり、
春の朗らかさな温度感&空気感も相まり、これぞ真の踊り食いといった印象を受けたのでした。
で、それが気に入ったので翌年、今度は純粋にいさざ目当てで、訪舞してみたのです。


例によって、海が見えないどころか気配さえ感じられないJR舞鶴線で、15時の西舞鶴駅に到着。
西と東に駅がある舞鶴ですが、降りるのは西の方。いさざにより縁が深いと思えるのは、こっちです。
舞鶴線、電車内はコロナのせいか、ガラ空き状態。降りた西舞鶴駅も閑散としてて、降りたのも数人。
奥のホームでスタンバってる特急車両・丹後の海の青光りする様にだけ海感を感じながら、外へ。


改札を出たら、幽斎ゴリ押しな意匠がデカく張り出されてる壁を横目に、駅舎内の観光案内所へ。
はんなり食堂へまた行こうとは思うんですが、他にもいさざが食べられる店があるか、訊いときます。
が、やはり 「生き物なので」 ということで、確答はなし。ただ、いさざの発音を知れたのは、収穫でした。
いさざ、この辺では真ん中の 「さ」 にアクセントが来るみたいです。 「おはぎ」 とかと同じ発音という。


西舞鶴駅、普段は西口から出ますが、今回は東口から退駅。伊佐津川に寄ろうと思うんですよ。
伊佐津。読みは、いさづ。そう、いさざに似た名です。ので、行けば何か発見があるかも知れません。
御覧の地図では伊佐津川、上 = 東を流れてます。で、下 = 西の高野川と共に、田辺城を囲ってます。
西舞鶴を生んだ田辺城、外堀として川を上手に使ったわけです。というより、上手に作ったわけです。


東舞鶴行きの車が異常なくらい多いことと、子供を見かけることが異常なくらい多いことを除けば、
「単なる寂れた地方の街」 以外の印象を持つのが難しい街をタラタラ歩き、伊佐津川・二ツ橋に到着。
伊佐津川、現場で見ると人工河川感、強烈です。それなりに自然ながら、流線は過剰に真直ぐという。
元来、真倉川という名でもっと西の方を流れてたのが、田辺城築城の際に付け替えられたんだとか。


そんな伊佐津川、もうちょっと川沿いを歩いて、川を感じてみます。と同時に、海も拝みます。
この伊佐津川が流れ込むのは無論、西舞鶴湾。なので、開花目前の桜など愛でながら、川下へ。


相生橋という橋で、川の能書看板も拝んだり。 「伊佐津」 の名、 「漁津」 に因むそうですよ。
「いさりび」 とかの 「いさ」 ですね。この橋の付近では、早春にいさざの漁も行われてるんだとか。


そういえば、舞鶴蒲鉾・嶋七のサイトには、相生橋周辺のいさざ漁のことが書かれてました。
そんなことを思い出し、橋の下を覗いてみたら、水槽らしきものあり。 「1合1000円」 の文字もあり。


川面の方を見たら、生簀らしき箱もあり。いさざ漁師さん、獲って直販したりもするそうですよ。
いいですね。凄く興味が湧きます。が、皿も箸も調味料も持たない他所者としては、ハードルが高い。
しかも、合単位。米食うような勢いで、袋などから生の小魚を直食いしまくる根性、私にはありません。
やはり他所者は他所者らしく、はんなり食堂か何処かの店に行って、踊り食いを楽しもうと思います。


が、その前に、海にも御挨拶。川感しか感じられない光景ですが、これが西舞鶴の海です。
せめて河口まで行けよという話ですが、西舞鶴湾は入り組んでて海感が薄いので、ここで御挨拶。


海の京都の海をたっぷり堪能した後は、今日の目的・いさざが遡上する川も堪能しときます。
やたら住宅が目立つ西舞鶴駅南東・伊佐津エリアを横目で見ながら、伊佐津川をタラタラ川上へ。


伊佐津川左岸の伊佐津エリアは、瀬替で出来た新開地。開けたのは、400年前ですけどね。
水は、当然ながら豊富となります。ので、農業と共に紙漉きもかなり盛大に行われてたそうですよ。


幽斎は、紙漉きを越前から呼んだとも言われてます。洪水で、どっかへ行ったそうですけど。
水が豊富というか、豊富過ぎるこの辺、洪水も多し。水害絡みの由緒を持つ地蔵とかも、拝んだり。


などと呑気に徘徊してると、はんなり食堂がある七日市公文名の辺に来てしまいました。
ので、店へ向かいます。水害克服で増えたらしき宅地に、耕地が侵食される様を見ながら、西へ。


あ、この七日市/公文名の辺、名水あり。田辺城の御水道だと言われる、真名井の水です。
日本最古という上水道、もちろん拝見。歴史があり過ぎるのか、人工物ながら自然が溢れてます。


名水周辺、さらにじっくり眺めます。人工物が醸し出す自然 or 野趣、さらにじっくり感じます。
この辺、実は田辺城築城前から割と栄えていて、七日市なんかは田辺荘の中心地だったそうですよ。
公文名なる地名も、荘官の名田が由来。やはり人は、水の利のある土地に集まるのかも知れません。
そう考えると、人間もまた自然な習性で動く生物に過ぎず、人工物も自然の一部にさえ思えてきます。


と、深淵なる思考を誘う真名井の水のすぐ傍で、はんなり食堂は深淵なる看板を掲げてました。
荒んだロードサイド店が並ぶR27に面し、過剰なまでに生活感溢れる店。1年振りの訪問であります。
店の先には、耕地を侵食する宅地化エリアの住民がターゲットらしきショッピングモールの雄姿もあり。
とにかく 「海の京都」 のイメージとは程遠い光景です。が、使う水は真名井の水らしいんですよね。


本当かは知りませんが、地下水が良過ぎて上水道は平成になって通ったという、舞鶴・公文名。
その公文名に立つこの店も、名水を使ってるそうです。店内は、古い喫茶店の居抜き感が凄いけど。
前は田辺城まつりの調べ物の際に寄ったんですが、そんな用事者の心を掴む定食メニューも、健在。
ただ、いさざの差し込みメニューとかは、ありません。今年はやってないのかな。訊いてみようかな。


と思いったら、レジ横に水槽がありました。で、水槽の中で、いさざ、元気に泳ぎまくってました。
「ヒウオ」 「シラウオ」 「ギャフ」 、また英語では 「Ice Goby (氷のハゼ)」 とも呼ばれるという、いさざ
「舞鶴では伊佐津で獲れるから、いさざ」 と言いたい所ですが、北陸でも 「いさざ」 と呼ぶそうですよ。
水槽の中のいさざは、群体で活発に動きまくり。その様が芽吹いてるようにも見えて、春を感じます。


壁に張られたメニューボードの中にも、いさざ、しっかりありました。 「春のおとずれ」 ですって。
もちろん、注文します。メインには、舞鶴名物をまとめたはんなり定食を注文。づけ丼も、付いてるし。
注文が通ると、店員さんは網で水槽のいさざを掬い始めました。先客連中は、面白そうにそれを見物。
見物しながら、以前食った際の話とかしてます。で、その際のいさざのアクセントが全員 「おはぎ」 。


そんないさざ、運ばれました。おはぎと全く異なり、薄透明な体で無秩序に動きまくってます。
見張ってないと、何匹か器から飛び出しそうな勢いです。見張りを兼ねて、目で味わうこと、しばし。


いさざ、ここではポン酢で食べることになってます。ので、かけると、凄い勢いで暴れまくり。
こうなるとすぐ息絶えてしまうため、その前にどんどん踊り食うわけです。いのち、慌てて頂きます。


慌てて食ってると、先刻は量が少なかったのか、店員さんはいさざを器に足してくれました。
ので、その追い生魚にもポン酢を投入して、どんどん踊り食うわけです。いのち、慌てて頂きます。


で、いのち、慌てて頂きました。無垢の巨人のような心で頂きました。ありがとうございました。
いさざ、味はといえば、特にありません。水が良いためか磯っぽさや川魚感はゼロで、あるのは食感。
純粋に食感だけがあるという。で、これが美味い。上質のうどんが生物化したような、そんな食感です。
俗な表現なら 「コリッとした感じ」 となりますが、もっと繊細で、そして力強い。つまり、美味いという。


そんないさざの余韻も冷め止まぬうちに、メインに頼んだはんなり定食、運ばれてきました。
ミニサイズのづけ丼を軸に、肉じゃがや万願寺唐辛子といった舞鶴名物で並んでます。食います。


づけ丼、意外に美味し。意外と言うと申し訳ないですが、でも深淵な看板の割には、美味し。
づけなので魚の魚感はよくわかりませんし、特に手がかかってる感じでもないですが、でも美味し。


肉じゃがも、まあまあ美味し。正確には、軍港がある東舞鶴の名物ですが、それでも美味し。
軍港があるためか、標準語と関西弁が自然に入り混じる舞鶴の言葉を聞きながら、食うことしばし。


で、万願寺唐辛子なども丸食いして定食を平らげたら、退店。勘定は、〆て1600円前後でした。
普通な食堂で、普通な定食と普通でない踊り食い、今回も超ナチュラルな形で楽しめたと思います。
帰り際には、何故かある 「去年の春 逢へりし君に 恋ひにてし 桜の花は 迎へけらしも」 にも御挨拶。
去年の春の出逢いに引かれて訪舞した私を、桜ならぬいさざは、恋ひしく迎えてくれたでしょうか。


いさざならぬ桜は、全く私を迎える気がないみたいです。帰りに寄った笠水神社、境内の桜は蕾。
先刻の伊佐津川がかつて高野川と合流してたのが丁度この辺で、笠水は 「うけみず」 とも読むとか。
となれば、瀬替以前の舞鶴の土地勘的なものに関して、参拝すると何か発見があるかも知れません。
そう思ってお参りしようとしたら、防犯ブザーが延々と鳴りまくるので、慌ててお参りして退散しました。


そのままR27を北上し、駅へ近付くほど古い家が増えて行くのを感じながら、西舞鶴駅に帰還。
駅の周辺では、大阪へ向かう高速バスや普通の路線バスが、駅の中の電車より盛んに動いてます。
利のある方へ流れて行くという、人間の世界の自然。ある意味、普通過ぎるくらい普通な街の姿です。
そんな普通さに、何故か、いさざの鮮やかな印象に似た何かを感じながら、舞鶴線で帰りましたとさ。

この時のはんなり食堂、他の客は100%が地元の人でした。
野菜炒め定食とかを食ってるか、ビール飲んでるか、という感じです。前回も、そんな感じ。
敷居が低いのはいいですが、 「海の京都」 感が全然ないのには面食らうかも知れません。
ひとりに向いてる度は、利便性と風情を合計すると★★★★くらいでしょうか。

いさざは、それこそ生き物なので、確実に遭遇できるかはわかりません。
私は、春先に2度赴いて2度とも出逢えましたが、運が良かっただけの可能性もあります。
海に近いけど観光客だらけの舞鶴港とれとれセンターとかへ行けば、
少なくともいさざについての確度みたいなものは、かなり上がると思うので、
その辺を保険にしながらはんなり食堂へ出かけるのも、いいのではないでしょうか。
春の伊佐津川をのんびり歩くのは、それだけで気分が良かったりしますよ。

そんな舞鶴の、いさざ。
好きな人と食べたら、より踊り食いなんでしょう。
でも、ひとりで食べても、踊り食いです。


 
 
 
 
 
 
はんなり食堂舞鶴本店
京都府舞鶴市公文名228
11:00~21:00 水曜定休

JR+京都丹後鉄道 西舞鶴駅下車 徒歩約17分
 

はんなり食堂 舞鶴本店 – 公式ブログ