夏越祓の茅の輪を求めて木津川市をうろつきました。もちろん、ひとりで。

夏越祓の茅の輪を求めて木津川市をうろつきました。もちろん、ひとりで。
夏越祓の茅の輪くぐりまくりの舞台として、前から木津川市は気になり続けてました。
木津川市。京都府の最南端に位置し、むしろ隣接する奈良市との縁の方が深いエリアです。
「木津」 という地名が示す通り、元々は木材の津 = 河川港があることで知られた町であり、
その木材を運ぶ水運ハイウェイ = 木津川の近くに広がる旧木津町を中心として、栄えてきました。
木材の搬送先は隣の奈良が当然多く、そもそも平城京の外港として町が出来たとも言われるほどで、
その辺を考えれば、この町は京都以上に長く深い歴史を持つ町と言えるのかも知れません。
では、南都と縁が深いこの木津川市が何ゆえに夏越企画の舞台として気になり続けてたかと言えば、
正に奈良/京都の境界という地理が、夏越が孕む境界性とシンクロすると考えたからです。
当サイトは、境界というテーマにこだわり、こだわる中で1年を半分に分かつ夏越の境界性にも注目し、
祇園祭/稲荷祭の境界たる松原通にて水無月を食いまくるといった荒行などもしてきました。
そして、このテーマをさらに深く追究するには、本当の境界の地へ赴くべきと思うようになったのです。
都合の良いことに木津川市は、平城京レベルの古い歴史を持つがゆえに渋き古寺や古社が多く、
京都~木津の港~奈良を結ぶ奈良街道の周辺も、特に良さげな社が沢山存在してます。
また、奈良街道周辺の旧市街からやや離れた辺では宅地開発や道路建設が異常なほど活発で、
ある意味で町全体が過去/未来の境界と言える景観を生み出してるのも、味わい深かったりします。
この木津川市で茅の輪めぐりをしたら、面白いのではないか。境界の探求にもなるのではないか。
ルートはもちろん、奈良街道を基本で。それも、木津の港から南進して奈良県の境界を目指す形で。
となると、晴天の日は逆光で歩くことになるので、狙うなら悪天の日で。出来たらもう、雨天の日で。
そんなことを、ここ何年か考えてました。そして遂に2023年、企画決行に相応しい天気が訪れました。
この年の夏越の日 = 6月30日は、全く陽が指さない悪天。南進には、これ以上ない気候です。
天佑を感じながら木津川市へ向かい、茅の輪を求めて奈良街道を歩いてみました。


奈良街道そのものは京都のど真ん中から始まりますが、今回歩くのは木津の港跡から県境まで。
木津の港は泉大橋の周辺にあったというので、そこに近いJR木津駅から徘徊を始めようと思います。
着いたのは、13時半頃。昼食がまだだったので、腹ごしらえのために駅前のひので食堂へ寄りました。
頼んだかやくご飯セットは、普通だけど、美味い。特にうどんが少し奈良系の太麺に思えて、美味い。

食べ終わって駅前に出ると、それまで何とか持ってた天気が崩れ、雨が降り始めようとしてます。
もちろん、こっちはそれこそが狙いです。南下が基本の徘徊には、これ以上良い天気はないでしょう。
木津川市は近畿全般と気温気候は変わらないので、6月末に晴れると、もちろん非常に暑くなります。
そんな時期の昼間に太陽に向かって歩く南進は、単に危険です。雨で、良かった。さあ、出かけよう。


と、南下への固い意欲を高めてから向かうのは、いきなり北。木津川沿いにある御霊神社です。
木津の港と共に隆盛を誇ったという社で、レンガの鉄道橋に物流の遺伝子を感じながら向かいます。
到着した御霊神社は大きく立派な社で、人の手もしっかり入ってます。着いた時には先客もいました。
ただ、茅の輪はなし。本殿前には神事の跡があったので、夏越の何かはあったのかも知れません。


木津の港 aka 泉津は、御霊神社の周辺一帯にあったそうですが、痕跡はほぼ皆無です。
その代わりというか、焼討で南都に恨まれ此処で斬首された平重衡の首洗池・不成柿はありました。
「確かに此処は南都の外港なんだ」 と妙に感心しながら、木津川の堤防に上がって泉大橋の西側へ。
この辺は、昔の泉橋が架かってた所。きっと此処で荷揚げとかをしてたと思うことにしときましょうか。


泉橋は奈良街道の橋なので、橋跡から180度ひっくり返ると奈良街道の古道が続いてます。
古道に入ったばかりの辺りには、住吉神社があり。木を運んだ船の神なんでしょうか。茅の輪はなし。
奈良街道の古道は現代の奈良街道 = R24の西を走ってて、車多過ぎなR24と違って良い雰囲気です。
街並も一気に古くなりました。 「奈良道」 と書かれた札にも御挨拶して、この道を南下して行きます。


とか言っときながら、すぐに交差する東西の大通に神社が2社もあるので、いきなり寄り道。
東側の社は、天王神社。児童公園という感じで入るのが躊躇われますが、中を見ると茅の輪はなし。
車は多いのに拡幅出来なくて歩きにくいという、古いメインストリートらしい道を歩き、続いて西の社へ。
井関川の近くにある白山宮は、割と新しめの建物で人の手もかなり入ってましたが、茅の輪はなし。


寄り道した後は、奈良街道へ戻りま・・・せん。白山宮からさらに西方面へ寄り道します。
西の方には、御霊神社などと祭を一緒にやったという田中神社があり、割と期待出来そうなんですよ。
なので、山松川まで西進して、その堤防を歩いて、今度は南へ。空が、良い感じで濃くなってきました。
そして歩く先には、宅地になってない田んぼがあり、その中に緑の塊がぽつんとあるのが見えます。


田中神社は、その田んぼの中にある緑の塊の中、正しく田の中の社という感じで立ってました。
周囲に森はないのに此処だけ木が繁り、緑のトンネルの先に社がある感じで、トトロ的風景というか。
社は立派で、夏越なのか潔斎が行われた跡も残ってます。良い雰囲気の社です。が、茅の輪はなし。
中々、厳しいな。苦戦を予感しながら退社した後は、田んぼと宅地を東進し、今度こそ奈良街道へ。


かなり南から復帰した奈良街道の古道は、やはり街並が渋く、文字通りの旧市街という感じ。
でも観光感は希薄で、京都市内的な意味での生活感も希薄。車もさほど通らず、のんびり歩けます。
しばらく歩くと道沿いに、思いっきり民家の敷地の一部といった感じで小さな稲荷神社が建ってました。
恐縮しながら、そして神のお守りでもしてる猫にも謝りながら、お参りします。茅の輪は、やはりなし。


いよいよ中々、厳しいな。今回は茅の輪、大きい社でひとつかふたつくぐれれば良い方かもな。
そう思いながらR163との立体交差前まで来ると、左手の彼方に岡田国神社の大鳥居が見えました。
岡田国神社、この辺で最大の神社です。大きい鳥居の先には、高架の参道が続いてます。行きます。
高架参道は冗談でなく本当に高架で、歩いてる途中に振り向くと木津の町が一望出来て、割と衝撃。


高架は、JRを飛び越すためのようです。下では、奈良線の電車がかなりの頻度で走ってます。
実に大規模な高架ですが、元・参道&現・公道というわけではなくて、高架の先にあるのも神社だけ。
その岡田国神社、着きました。旧木津郷の産土神であり、飛鳥時代から存在すると言う凄い古社です。
境内は広くて社殿も立派であり、夏越らしき潔斎の跡も残ってました。ただ、茅の輪はなし。うーむ。


うーむと思ったら、力が抜けた・・・ので境内で少し休みませてもらいます。あじさいも愛でながら。
それにしても広い境内です。そして、新しい。そう思って見渡すと、昭和造営記録なる碑がありました。
昭和後期、ニュータウン建設で境外社を移設して金が入り、新社殿を整備出来たんだとか。なるほど。
確かにそんな感じ、します。でも同時に古社の空気も濃厚で、そのギャップが妙にシュールというか。


それを言うなら、木津川市は全てに過去と現代のギャップが溢れててシュールと言えそうです。
奈良街道へ戻りR163の高架をくぐった先では、やはりシュールな空気を放つ三柱神社がありました。
石灯籠、異様な程の大きさを誇ってます。此地が持つ惣村自治の歴史が関係したりするんでしょうか。
あと、すっかり公園化した境内にも鳥居が立ってましたが、その先に立つのは樹木が一本。何故だ。


わけがわからないまま奈良街道をさらに南へ進むと、道路は旧R24の平凡な二車線車道となり、
さらに南進して古い民家が並び始めた頃、シュールなキリスト看板を掲げる角が右手に現れました。
この辺、州見山宇賀魂神社があるはずです。携帯の地図も 「この看板の角を曲がれ」 と言ってます。
なので奥へ進むと、竹林が広がり、その先には山道みたい道が現れました。何処なんだ、此処は。


此処が何処と言えば、実は州見台ニュータウンの北北東端だったりします。着いて気付きました。
古い集落を迷ってると急にニュータウン的な小山が見えて、その天辺に立ってたのがこの社でした。
州見山宇賀魂神社、移転感溢れる佇まいですが、あじさいからも大事にされてることが伝わります。
神社の先に広がるのは、ニュータウンの光景。現在の木津川市らしい光景でしょう。茅の輪はなし。


全くくぐれないまま、徘徊、大詰になりました。県境までに残ってる社は幣羅坂神社ぐらいです。
言わば峠の坂に立つ、幣羅坂神社。大きそうな社なので、此処で茅の輪をくぐって〆られたらいいな。
そう期待しながら行くと、 「御祭禮」 の幟あり。やった。境内に入ると、伽藍も立派な感じです。やった。
ただ、茅の輪はなし。祭は確かにやるそうですが、明日7月1日に夏祭と小もち祭をやるとか。がーん。

茅の輪、結局くぐれませんでした。くぐりまくる目的で歩いたのに、ひとつもくぐれませんでした。
どうしよう。奈良街道をこのまま進んでも、あるのは道路とニュータウン、あとは県境です。どうしよう。
思い切って、東の加茂へ行ってみようかな。あっちには、岡田国神社の論社もあるし、渋い社もあるし。
でもな、小雨で収まってた天気も、これからはやばそうだし。何より、時間がもう18時を回ってるし。


もう帰ろうかとも思ったんですが、県境は此処からそう遠くありません。せいぜい、あと1キロです。
なので、県境を通れば半年分の穢れを祓えるという設定を強引に設定し、南進を続けることにします。
南進するごとに道は車道っぽくなって、上には巨大な建造物が出現。高速道路でなく、東中央線です。
近年出来た道で、出来た理由は無論、ニュータウン。ニュータウン、上に上がって少し拝んどきます。


州見山宇賀魂神社はもちろん、さっきの幣羅坂神社も、実はこのニュータウンと背中合わせ。
もっと言えば、今日見てきた木津の姿は全て、現在はニュータウンに囲まれた旧市街とも言えます。
これが現実、という感じです。ゆえに、岡田国神社の面白過ぎる高架も生まれたりしたんでしょうけど。
木津川市の今を見届けた後は、奈良街道をまた南下。シカ注意の看板の先に、標識が現れました。

京都府と奈良県の境界、到着しました。木津川市と奈良市との境界でもある境界、到着しました。
此処を通ると、茅の輪と同様に半年分の穢れを祓えるそうですよ。私が勝手に設定した設定によると。
どうせ勝手設定なら、もうちょっと足そうかな。通るのは、歩きじゃないと駄目です。車では、駄目です。
あと、例の呪文は腹の底から大声で言いながら、通りましょう。では。ちとせのいのちのぶというなり。


夏越祓、無事に完了しました。全く完了してないけど、完了しました。お疲れ様でした、私。
終われば、後は帰るだけです。此辺、鹿マークの奈良交通バスが走ってるので、帰るのも簡単です。
が、腹が減ってます。で、携帯の地図を見たら、国境食堂という名前の店がありました。これは、いい。
大仏鉄道跡の道へ少し入ると、本当に国境食堂と名乗る店があって、しかも開いてます。入ります。

国境食堂の名物は、巨大とんかつだそうです。普通のカツ丼を頼んだんですが、確かに大きい。
そして実食すると、美味い。とんかつの柔らかさと香ばしさが光ります。出汁を吸った味わいも、美味。
食堂に求められる美味さを、しっかりした仕事により高レベルで実現してる。そんな感じの美味さです。
店内は、満員。客のほとんどは恐らく近所系で、新客がひっきりなしに入って来るような盛況でした。


美味かった、実に美味かった。満足して後は帰るだけです。が、あとひとつ宿題が残ってました。
水無月です。夏越に食えと何処かの誰かが設定した水無月です。木津川市で買うの、忘れてました。
時間は19時過ぎ。此処に近くて、確実に水無月を買えそうな場所と言えば、きっと奈良市街だけです。
ので、バスで奈良へ。奈良駅の近くなら、老舗系の渋い水無月とかも買えたりするかも知れません。

JR奈良駅では、確かに水無月が買えました。駅内にあるKOHYOに、水無月が1個残ってました。
帰宅して素性を確認すると、メーカーは何故か松阪市の笹屋で、外郎に鹿子が乗ってるような仕様。
実際に食べて見ると、本当にそんな感じであり、ゆえに食べやすい。水無月にも色々あるもんですね。
京都、木津、奈良、あと松阪。これらを何とかこじつける方法を考えながら、美味しく頂きましたとさ。
木津川市の神社、基本的に何処も人はあまりいません。
観光客は全然いないし、人自体もあまりいません。なので、客層云々はパス。
人が全然いない環境に耐えられない人は向いてないかも知れませんが、
そういうのがむしろ好きな人には割と楽しいかも知れません。
神社のテイストとしては、山科のような霊気溢れる感じは、やや希薄です。
ただ、田中神社と幣羅坂神社が持つ雰囲気はかなり味があったと感じました。
あと岡田国神社の高架参道は、問答無用で面白いと言えるでしょう。
が、夏越の日にわざわざ歩いて行くべきかどうかを訊かれると、よくわかりません。
これらを考慮して、ひとりに向いてる度は★★★くらいでしょうか。
そんな木津川市での、茅の輪を求める彷徨。
好きな人と彷徨えば、よりちとせのいのちのぶというなりなんでしょう。
でも、ひとりで彷徨っても、ちとせのいのちのぶというなりです。

ひので食堂
京都府木津川市木津駅前1丁目41
9:00~19:00 日曜定休
国境食堂
奈良県奈良市奈良阪町2611-5
11:00~21:00 無休
KOHYO JR奈良店
奈良県奈良市三条本町1-1
7:00~0:00 無休

