八幡ナイトウォークをやってみました。もちろん、ひとりで。
「そうだ 京都、行こう」 連携の夜間拝観をしている、2013年夏の石清水八幡宮。
あれ行って、ライトアップを存分に堪能してから、あなた、どうしますか。そのまま、帰りますか。
「そうだ」 のロゴ入り提灯を返すため、ケーブル山上駅へ帰るしかない、と。そりゃまあ、そうですね。
で、ケーブルで下へ降りたら、そのまま真っ直ぐ京阪電車に乗る、と。で、帰る、と。
だって、しょうがないじゃないか、と。山上にも山下にも、めぼしい遊びスポットはないじゃないか、と。
駅前には、居酒屋が一軒あるだけじゃないか、と。他はあたり一面、漆黒の闇じゃないか、と。
確かに、そうです。そそくさと帰って、当然です。しかし、それでもやはり、惜しい。
八幡には、色々と面白い所があります。石清水八幡宮を中心に、色々と面白い所があります。
京都の裏鬼門を守護する社として、または源氏の武神として、あるいは厄除の神様として、
キナ臭い創建以来1000年以上に渡り、貴賎を問わない信仰を集め続けてきた、石清水八幡宮。
その歴史の痕跡は、鎮座する八幡山 = 男山の周囲に、様々な形で紛れ込んでいます。
あるものは、観光資源に化けそうな魅力を持ってたり。あるものは、観光化が絶対不能だったり。
電飾や映像技術で偽装された幽玄さに陶酔するのも大いに結構ではありますが、
現代生活と 「歴史」 がコンフリクトする、そんなリアルな町の姿も見たいとは思いませんか。
というわけで、夜間拝観の帰りに八幡をゆっくり巡るウォーキング、設定してみました。
名づけて、八幡ナイトウォーク。歩行距離、約12キロ。所要時間、約4時間。
グーグルで 「京都府八幡市」 と検索したら 「治安」 とキーワードが提示されるような町を、
夜、真っ暗の中、不審者全開でウロウロと歩きまわろうというわけです。
独男にしか、出来ないことであります。そして、独男だけの楽しみでもあります。
歴史丸出しなスポットから、単なる地元民愛着丸出しスポットまで、
生の八幡を感じるウォーキング、さあ、出発しましょう。
まずは地図です。起点は、石清水八幡宮の本殿前参道。
男山の周囲をぐるっと遠回りする形で、橋本遊郭跡、新興住宅地&団地、旧街道や古刹、
吉兆、ポンコツ街道、そして終点の京阪八幡市駅と、4時間かけウォーキングすることになります。
ダイナミズムとコンフュージョンに満ち満ちた八幡をたっぷりと体感いただけるはずです。
で、起点の石清水八幡宮、20時の石畳参道に立つの図。
「そうだ」 連携のライトアップは、平日も開催。石畳が、神秘的に青光りしてます。
客層は、2日前に来た土曜日とは全然違って、数自体が極めて少なく、いい感じの独者が多し。
ゆっくり拝観したいなら、平日がおすすめ。ただ、店とかは全然開いてませんが。
で、その全然開いてない 「ほんまもん・京みやげ広場」 。
土日しか開けないんでしょうか。それとも、あまりに客が少ないので、撤退したんでしょうか。
ナイトウォークは、ここの奥にある駐車場を通り抜け、國學院の寮や体育館があるとこも通り抜け、
蚊が辛そうなガードマンの横もスルー、真っ暗な山道の中へ突っ込んでいきます。
山道といっても、車のために作られた比較的新しい道なんですが、
何せ男山は自然が過剰なので、昼なお暗い竹林は、夜になるとこんな感じの暗黒地帯。
カメラのモニタに写真を映してライト代わりにし、竹林と識別できない竹林の中を歩くこと、しばし。
そのうちレクリエーションセンターの灯が現れたと思ったら、急に住宅地の中へ入ります。
全く普通の住宅地の中を歩いて着いた、「プリン山」 こと狩尾神社。
雑な宅地開発で丘陵が削られ、神社だけが島のように残ったので、そんな名が付いてます。
狩尾神社は、この辺の氏神。山下にある橋本遊郭の遊女たちからも、篤い信仰を集めていたとか。
急な階段から見る宅地の姿は、ある意味、絶景。センサーの声に驚いて、滑落しないように。
で、山を降りて旧市街へ入り、橋本遊郭跡へ。
船運時代も、京阪開通以後も、石清水八幡宮の精進落としスポットとして栄えた遊郭です。
しかし、昭和33年の売春防止法で、全廃。当時の面影は、ゆっくりと、少しずつ、解体されてます。
「終わった町」 としても終わりつつある、と。好き者は今でもウロウロしてますけどね。
遊郭跡を去り、踏切を越え、幕府軍の本陣跡・久修園院も通り過ぎ、
しばらく歩いた先に屹立する、塩ラーメンの名店にして八幡の誇り、ぴっかり食堂。
休店の状態が、長く続いています。復活、激しく希望。鶏そばと小さめの餃子、もう一回食いたい。
どうでもいいことですが、踏切を越えた辺りからここまで、何気に大阪府です。
ぴっかり食堂から先は、典型的なニュータウンの光景が続きます。
確か故・児島清が、京阪の車内からこの町を見て 「男山を破壊している」 と怒ってたような。
でも私たちには、この殺風景にも見える開発丸出しビジュアルが、原風景のひとつだったりします。
住んだことはないですが、私も幼稚園のバスでよく通りました。これも八幡の大きな側面です。
さっきのプリン山と同じ塩梅で、宅地の中にプリンと残る、西山廃寺。
プリン山よりは全然マシな残り方ではありますが、下の道から見ると、かなりなプリンです。
宇佐八幡宮に足と運命を救われた和気清麻呂が、石清水のそばに建てた寺の跡。別名、足立寺。
25mの三重塔があったそうです。遺跡によると、和気清麻呂以前から建ってたそうですが。
さらに西へ進むと、いよいよ八幡を 「八幡市」 にした男山団地が登場です。
さっきの橋本遊郭が売春防止法で廃止されたことで、八幡は税収の実に3分の1を、喪失。
何とかするために団地を誘致し、人口が3倍以上に増加したことで、八幡は市制へ移行しました。
またしてもどうでもいいことですが、この近くに私の母校ならぬ母園があったりします。
男山団地はさっきのポイントから南側へ広大に拡がってますが、
ナイトウォークはそっちへは向わず、山麓を目指し、走上りなる名の坂道を下っていきます。
これから行くのは、1区。東高野街道を中心に寺や旧家が密集する、原・八幡みたいなとこです。
石清水の社家・善法寺家の邸宅もあったとかいう神原交差点を右折して、旧街道へ。
東高野街道を南進、しばらくすると現れるのが、和菓子店・亀屋芳邦。
徳川家ゆかりの寺・正法寺の斜め向かいにある、門前のなかなか上等な和菓子店です。
名物は、源氏巻。といっても、津和野名物みたいなのではなく、パッと見は蒲鉾みたいな和菓子。
食べてみたいでしょ。食べてみたいなら、店が開いてる昼間に来ましょう。
で、今度はその正法寺。真っ暗ですが、確かに正法寺であります。
見えるのは、 「尾張大納言義直候~」 「母堂相応院殿基~」 と掘られた門前の碑のみ。
家康の側室であり、尾張徳川家の祖・徳川義直の生母であるお亀の方 = 相応院は、この寺の娘。
立派な寺、だそうです。一般拝観は滅多にしてないので、未だ中へ入ったことはないですが。
やたら寺が多い道を歩いていくと、やがて松花堂へたどり着きます。
元々は男山山中の宿坊に、「寛永の三筆」 の一人・松花堂昭乗が作った茶室、松花堂。
明治初頭に起こった廃仏毀釈の際、破却の危機に見舞われ、結果としてこの地へ移設されました。
ここは、他にも移設物件、多し。石清水本殿近くにあった八角堂とか、御覧の八幡小旧門とか。
吉井勇の寓居地・宝青庵に面した交差点を左折、少し歩くと松花堂正門に出ます。
どどーんと 「松花堂」 の文字。そしてその横には 「吉兆」 。そう、八幡には吉兆があるのです。
いわゆる松花堂弁当は、松花堂昭乗が使った木箱をモチーフにして、吉兆創業者が創案したもの。
その縁での、出店。いつ撤退するかなと思いつつ、生暖かく見守らせていただいております。
その吉兆から徒歩5分のところにあるのが、真の八幡名物・ポンコツ街道。
御覧の通りの、ポンコツ街道です。このダイナミズム、このコンフュージョンこそ、八幡です。
しかしここ、夜に見ると、どこか美しいんですよね。山積みの廃車や、巨大なスクラップ機とかが。
工場萌えと廃墟萌えをミックスしたような、何とも深くて妖しい興奮を感じたりします。
デトロイトテクノのオリジネイターであるホアン・アトキンスは、
自動車産業の衰退でゴーストタウン化するモータウン = デトロイトを、深く嘆くと同時に、
廃墟化したビルなどにある種の美を見出し、舌なめずりしつつ陶酔の眼差しを向けてたそうです。
私にはそれが、何となくわかる気がします。写真は、R1に於ける八幡のランドマーク、廃市電。
ポンコツ街道からR1へ出て、とっくに閉まってるイズミヤへの道へ入り、
通り過ぎたサイゼリヤに食欲を刺激され、ラムーで2割引き = 54円のパンを買ったの図。
激安に加え、やたら客の国籍が多彩だったり、やたら厄介なものが駐車場へ置かれる店、ラムー。
でも、以前に買った半額引き230円の鱧は、結構食えたぞ。このパンは、まあまあだけど。
腹が膨れたら、お次はギャンブルでもやっていきましょうか。
と言いたいところですが、現在はもう、23時。ボートピア京都やわたも、既に閉まってます。
近場のびわこ競艇はもちろん、全国のビッグレースの舟券を年中扱い、ナイターレースも連日開催。
レースがある時間なら、送迎バスに乗って駅へ戻るのもアリなんですが、今はもちろん、無理。
ギャンブルがダメなら、風呂にでも入っていきましょうか。
と言いたいところですが、もう市営浴場も閉まってるはずです。すっかり遅くなりました。
というか、終電がちょっとヤバい時間になってます。ここから駅までは、歩いてたら、30分以上。
で、八幡市駅行き or 樟葉駅行きとも、バスはとっくに終了。ちょっと、急いで行きます。
ひたすら府道735線を真っ直ぐ北上すること、15分。市役所前を通過。
市役所の向かいには、以前記事で遺跡呼ばわれした文化センターが建ってます。
夜中に見ると、無駄に豪華な建物が本当に遺跡に見えなくもないので、見物するのもいいでしょう。
時折、奇声を上げてたむろする若い衆と、コミュニケーションを図るのも、いいかも知れません。
さらにひたすら真っ直ぐ徒歩で北上し、レンガ通り商店街の中へ。
レンガ通りとは、足元がレンガ敷きになっている、八幡一おしゃれな商店街のことであります。
夜なので店はほとんど閉まってますが、朝になっても半分くらいしか開かない商店街であります。
目の前にキリン堂ができて潰れた薬局の兄ちゃん、今頃どこで何をしてるんでしょうか。
レンガ通りを抜けたちょっと先で、放生川沿いの歩道へ入ります。
放生川は、石清水祭・放生会の会場。夜になると響き渡るカエルの声も、結構、名物。
昼間だと、この道から見える男山は、正に 「男」 という感じで隆起しており、実にいい眺めです。
午前中は順光で特に見栄えが良く、私たちはそれを 「朝立ち」 と呼んでます。いや、嘘です。
どれだけ時間がなくても、八幡を歩く以上は見なくてはならない、安居橋。
駅近観光の記事でも触れた通り、つい最近に架け替え工事が終了。きれいになりました。
前より小さくなった気がするのは、予算の関係でしょうか。それとも、私が大きくなったんでしょうか。
あ、ちなみに 「そうだ」 のCMで使われてるのは、架け替え前の橋。いつ撮影したんでしょうね。
で、無事に京阪八幡市駅前へ帰着。時刻は、23:55。
ケーブルだと3分で着くところを、実に4時間弱もかけてのナイトウォーク、終了でございます。
終電は、京都方面も大阪方面も、何とか大丈夫。ですが、なければないで、いいじゃないですか。
いっそ、この素敵な八幡に、あなたも住んでみませんか。私も、エジソンも、歓迎しますよ。
特に客のいるところへ出入りするわけでもないし、
道にも大して人はいないので、客層はどうこう言い様がありません。
「世間的なイメージと違い、八幡の町は全然安全ですよ!!」 とまでは言いませんが、
でも、どのポイントでも、剥きだしでヤバい感じは、特にないんじゃないでしょうか。
八幡の町は、面白さが分かる人には、実に面白いところです。
そんな人に歩いてもらえると、私はとても嬉しいです。
そんな、八幡ナイトウォーク。
好きな人と歩けば、より八幡なんでしょう。
でも、ひとりで歩いても、八幡です。
石清水八幡宮の夏の夜間特別拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。
八幡駅近観光をやってみました。もちろん、ひとりで。
石清水八幡宮
京都府八幡市八幡高坊30
通常拝観 だいたい6:00~18:00
京阪電車八幡市駅下車 男山ケーブル乗り換え
男山山上駅下車 徒歩約5分
ひたすら階段の場合は、徒歩約20分
石清水八幡宮 – 公式
石清水八幡宮 – wikipedia
2013年夏 親子で歩く
「はちまんさんの夏、京都の学び旅」
– そうだ 京都、行こう