2011年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【1】
【1】 聖護院の追儺式→平安神宮の古式な大儺之儀→廬山寺の鬼踊り
【2】 須賀神社で懸想文売り冷やかし→藤森神社で鬼大暴れ→吉田神社で沈没
の 【1】 、鬼と豆と中高年が大興奮の節分スペクタクル、とくとご覧下さい。
【1】 聖護院の追儺式→平安神宮の古式な大儺之儀→廬山寺の鬼踊り
【2】 須賀神社で懸想文売り冷やかし→藤森神社で鬼大暴れ→吉田神社で沈没
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吉田神社の節分祭・追儺式へ行ってきました。もちろん、ひとりで。
京の町の節分に初めて触れたのは、京都へ来て間もなくの、寒い日のことだった。講師として通って
いた女子高校からの帰り道、そのころはまだ東大路を走っていた市電の中で、何か異様な熱気を感
じた。ふと外へ目をやると、いつもは人影もまばらなはずの吉田神社の参道が、彼方まで人の波に
埋め尽くされていたのだった。道路はいつになく渋滞しており、当日だけ運行されるという吉田と壬生
間を結ぶ臨時バスに、年配の人たちが我先にと乗り込んでゆく ━━━そういえば数日前の新聞に、
各寺社の節分の参詣の案内が一斉にでてたっけと、ようやくことの次第を理解したのだった。
(真矢都 『京のオバケ』 より)
吉田の節分は、異常です。
ネイティブの人には自然かも知れませんが、部外者には凄く異常に見えます。
都の表鬼門の守護神として創建され、 厄除けの神様として現在も篤い信仰を集める、吉田神社。
旧暦が密かに生き続ける京都に於いて「本来の大晦日」たる節分に行われるその節分大祭は、
極めて気合の入ったものであり、裏鬼門・壬生寺の節分会と共に高い集客力を誇ってます。
が、壬生寺がネイティブさでは圧倒的ディープネスを放ってるのにも関わらず、
吉田の節分はそれを遥かに凌ぎ、異常です。何が異常かといえば、熱狂の温度感かなと。
この日の追儺式など、殺人的混雑が出来してます。しかし、どこかみんな、醒めている。
それも現代人として醒めてるのではなく、何か別の所で醒めてる感じが、凄くする。
その感じが、他にはない、吉田の節分独特の不気味さと魅力を生んでるような気がします。
そんな違和感も楽しみながら、古式に則った追儺式を存分に堪能したかといえば、
ひたすら殺人的混雑に振り回されただけで終わったわけですが。
「効き目が強いパワースポットは、都の周辺部に多い」。
「パワーを通り越して霊気そのものを発する妖しいスポットも、都の周辺部に多い」。
興味本位の軽い気持ちで京都のパワスポ巡りや恐怖スポットへ出かけたことのある人なら、
そんなことを思うかも知れません。実感として 「ちょっとアクセス不便なとこ、多いなあ」 と。
もちろん、本当にヤバい所というのは、京都市街の中心部にもいくらでもあります。
郊外のその手の物件は、土地取得が容易だったり、放置 or 廃棄が容易だったりするために、
ヤバさがド派手化 & 大型化して、わかりやすい形になっただけとも言えます。
しかし、「ちょっと不便」という距離感そのものが魅力の根源になってるとも考えられるのであり、
スポットの強度や性質もまた距離に規定される、と思えないこともありません。
「ちょっと不便だけど、頑張って行った」 という行為によって何かが救われるタイプの、思い。
逆に頑張り過ぎてマジな修行の領域に入ると、全部が昇華されてしまいそうなタイプの、思い。
一乗寺から坂を上った先の山奥にあり、パワースポットを自認している狸谷山不動院は、
そんな距離感の思い・願望を、真正面から受け止めている寺ではないでしょうか。
本尊・咤怒鬼(たぬき)不動明王から来る「他抜き」 という語呂合わせな勝負の願いから、
ガン治癒祈願、そして自動車祈祷と、そのご利益は極めて切実、かつ現世的。
桓武天皇の勅命で建てられながら、戦後に至ってようやく本格的に復活したという経緯もあり、
より 「今」 な問題へ向き合う姿勢を打ち出し、それにより多くの信奉者を集めています。
そんな狸谷山不動院の一年で最初の縁日が、初不動。
大護摩供養が行われるんですが、その火で暖められた笹酒が無料で振舞われます。
しかも、おかわり自由。「狸谷飲放題」 という異名もあり。行くでしょ、そりゃ。
褌一丁で歓喜に沸く男たちの姿。
それは、男子の草食化が嘆かれる現在でも、決して珍しいものではありません。
神事、仏事、祭り、その他その他。季節の折々に、全国からそんなニュース映像はやってきます。
しかし「裸踊り」で検索をかけると、最初に出てくる仏事は、この法界寺の裸踊り。
あとは、どっかの自称宇宙人が国会の中で裸踊りをやらかしたとか、
結婚式の余興で裸踊りを試みる馬鹿をどう止めたらよいかとか、そんなしょぼい話ばかりです。
野趣溢れるワイルドな裸踊りの躍動を伝えるページは、意外と見当たりません。
どうしたんだ。いったい、どうしたんだ、裸踊り。
京都の比較的マイナーな祭事に天辺を獲られるほど、弱体化したのか、裸踊り。
それともいわれのない偏見により、グーグル八分でも喰らってしまったのか、裸踊り。
いや、でも、ひょっとすると、ただ裸の男が踊るだけの裸踊りは、案外珍しいのかも知れません。
護符や宝木を奪い合うわけでもなく、火の粉を浴びるわけでもなく、滝に打たれるわけでもなく、
ただただ大量の男たちが下帯姿でお堂に現れ、ただただ踊る。
修正会の精進潔斎と豊穣祈願、そしてある種のセックス・アピールをピュアな形で見せるその姿は、
本尊・胎内仏が今もディープな子宝信仰を集める「乳薬師」こと法界寺にふさわしいのみならず、
グーグルの評価通り、やはり日本の裸踊りを代表しているものなのかも知れません。
自分でも何言ってるかよくわかりませんが、とにかく裸踊り、行ってきました。

京都市内の神社で七草粥を食べまくりました。もちろん、ひとりで。
お粥は、不味い。
貧乏な家庭 or 料理の下手な家庭に育った人間が抱く、固定観念です。
バリバリの貧乏家庭に生まれ、化学調味料を「おふくろの味」として育った私も、
当然ながらバリバリのお粥ヘイター。「こんなもん、ゲ●と一緒やんか。食えるかっ」と。
幼少時に瀕死の熱病にかかった際も、断固として普通の米飯を要求した記憶があります。
米飯を湯で崩しただけの「おふくろの味」など食ったら、むしろ体と心に悪いと。
実際、お粥は、不味い。少なくとも、ちゃんと作らないと、不味い。
薄味の出汁のセンスや、米の微妙な崩れ加減を見るセンスが要求されるので、
奥が深いというか、下手すると一般的な料理より作るのが難しいものかも知れません。
野趣あふれる野草を7種類も投入する七草粥になれば、その難易度は更に上がるはずです。
人日(じんじつ)の節句である1月7日朝に食べる、七草粥。
芹・薺・御形・繁縷・仏の座・菘・蘿蔔を入れた粥を食べ、一年の無病息災を祈ると共に、
正月の暴飲暴食で疲れた胃腸を休め、青物の栄養も取ってしまおうという風習であります。
特に京都ならではの行事でもありませんが、市内のいくつかの神社では接待を展開。
その気になればお粥の食べ歩きなんてのも、できないことはありません。
本当に普通のお粥を他所で食べる機会はあんまりないですから、
お粥の奥の深さを体感すべく、接待めぐり、七草粥食べまくりをやらかしてみました。
件数が多いので、細かい客層は省略+ダイジェスト風でご覧ください。

2011年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。

クリスマス早朝の清水寺へ行ってきました。もちろん、ひとりで。
亡き母からのご縁がふかく、私は三十余年の間、毎朝お参りをさせて頂いております。朝早よう起
きて、祇園さんから二年坂、三年坂、その角の七味屋さんのとこの石段あがって、まだ起きといやし
まへん土産もんのお店のならぶ清水坂をのぼりきると、清水さんの大石段、楼門に、三重の塔を霧
の中に見上げますともう、心のふるさとにきた思いです。音羽の滝のお不動さんに、手をあわして拝
がみ、お水を杓でいただき口に含むときのさわやかさ、いっぺんにゆんべからの気しょくの悪かった
ことも拭うて下さるようにすうっと消え、しゃんとなって八十三段の石段をのぼり、観音さまへ、きんの
(昨日)一日の御礼を申し、今日もまた無事なように願う心のあたたかさは、いいようのない嬉しいも
のでございます。お堂の前の舞台にでますと、晴れた日の春は、紫のうす霧に、西の本願寺さんの
屋根が、浄土にわたる舟のように浮んで見えまして思わず手を合わします。
(古寺巡礼 京都 月報24 清水寺 淡交社 1978 「清水さん」 増田好)
30年以上前の小冊子に描かれた、信仰の対象としての清水寺。
この30年の間にあったバブルや世界遺産認定などが、清水寺とその周辺をどう変えたのか。
生活レベルの信仰はどう変わったのか、あるいは変わってないのか。
そのあたりを確かめるため早朝の参拝を敢行した、というのは、嘘です。
イブに泊まった宿があまりに寒過ぎて寝てられず、運動のために外出しただけです。
が、そこで目にした光景は引用文まんまの世界、清水寺のもうひとつ顔、あるいは真の顔でした。

クリスマス・イヴの伏見稲荷へ行ってきました。もちろん、ひとりで。
メリークリスマス!!
聞けば、クリスマスというのは、キリストの誕生日ではないんだそうですよ。
2000年も前の大工の子倅が生まれた日なんか、誰もわからんそうです。そりゃそうですよね。
古代ローマの太陽祭に、キリストの生誕祭を乗っけたのが、いわばクリスマスの起源。
習合みたいなもんでしょうか。ローマの祭りですから、乱交も 「込み」 だったのかも知れません。
太陽の復活を祝い、豊穣を祈り、グチャグチャに交じり合う祝祭としての、クリスマス。
それが本当なら、「聖夜は愛する人と二人きり」などと近代的な恋愛観に基づいた戯言や、
「大事な家族と一緒に」などと現代的な家族観に基づいた戯言を言ってる場合ではありません。
入り混じらなければいけないのです。人も神も、見境なく、入り混じろなければいけないのです。
というわけで、大量の神々と全身で交わりまくるべく、聖夜の伏見稲荷を訪れました。
あらゆる御利益神が見境なく溢れる稲荷山ですから、どっかにクリスマスに効く神もいるはずです。
そのクリスマス神へ深き祈りを捧げ、是非ともクリスマス神力を発動していただき、
消費社会の上澄みのみを祝福する現代日本の偽クリスマスを、一掃してもらうのです。
吹けよ、クリスマス神風。唱える祝詞はもちろん、メリークリスマス!!

クリスマスイヴはお泊まりでした。もちろん、ひとりで。
メリークリスマス!!
と言われても、孤独+社会的プレッシャーとの精神戦のゴングにしか聞こえない皆様、
いかがお過ごしでしょうか。正気は、保たれてるでしょうか。
恋人も友達もおらず、部屋の壁や自分の心の闇をじっと見つめる、聖夜。
危険です。ひょっとしたら真の意味で神に近づいてるんじゃないかと思えるくらい、危険です。
そんなマッドな気分を紛らわすために、イブの京都ひとりお泊りなんか、いかがでしょう。
もちろん、京都といえどクリスマスは多くの宿が満杯です。が、あるところには部屋、あります。
それが、この日泊まった、PHいずみハウス。
一泊1500円という驚異の宿代が、好き者の間で静かな波紋を呼んでいる宿です。
値段を聞くとドミトリー形式の宿をイメージされそうですが、舐めてもらっちゃ困ります。
こちらのいずみハウス、部屋はすべて完全個室。ネカフェのナイトパックを凌ぐ安さなのに、個室。
「孤独がほしくて旅に出てる」「でも確実に孤独な環境を確保するための金はない」
「ドミトリーで人とのコミュニケーションとか、したくない」「まして外人なんか論外」
という我がままな同志たちが、必ずや興味を持つであろうスペックを持つ宿なのです。
嵐山花灯路。
紅葉シーズン終了後の閑散期対策+夜はどこも行くとこない対策として、
嵐山の名勝のあちこちに電飾を設置、幻想的なビジュアルで観光客増加を目論むイベントです。
桜シーズン前の閑散期対策として始められた東山花灯路の弟版のようなものであり、
あっちは2003年のスタート、こっちは2005年から始められてます。
内容としては、嵯峨嵐山のランドマークたる渡月橋の華麗なるライトアップを始めとして、
十三参りで有名な法輪寺をCGでサイケに染め上げるデジタル掛け軸ことD-K LIVE、
嵯峨名物の竹林もライトアップし、協賛有料企画として一帯の名刹の夜間拝観も行うなどなど。
最後の協賛有料企画以外は、基本、全部無料で楽しめてしまうわけであります。
幻想的な夜の嵐山を、無料で楽しめてしまうわけであります。
五花街の舞妓さんと写真を撮れるコーナーなんてのまで、あったりするわけであります。
となれば、金はないけど暇と性欲はある若者がいっぱい来るのが、世の掟。
加えて、他所の方にはどうでもいい話ながら、嵐山と東山は大阪方面からのアクセスが案外、良好。
それなりに時間はかかるものの、東山なら京阪、嵐山なら阪急、一本で来られます。
JR京都駅スタートで鈍臭いバスに乗りこみ地獄を見るのは嫌だけど、
電車で気軽に行けて、夜の嵐山が楽しめて、全部タダなら、行ってみようかな。
この夜の嵐山花灯路は、正にそんな感じの元気いっぱいな人たちで、溢れかえってました。

清水寺で行われた「今年の漢字」発表へ行ってきました。もちろん、ひとりで。
今年の漢字。
年末になると清水寺で発表される、その年を表す漢字。あれであります。
「毒」だの「変」だの「偽」だのと、過去のチョイスを見ると案外妙な字が多いんですが、それはともかく。
ご存知の方も多いかも知れませんが、このイベント、清水寺が主催してるわけではありません。
この「漢字」の発表はあくまで、イベント。仏事 or 寺の行事ではないのです。
主催者は、漢検。正式名称、財団法人日本漢字能力検定協会。
ここが清水の舞台をレンタルして、ついでに名筆で知られる清水寺貫主・森清範の手も借り、
検定受験の宣伝、もとい、漢字の普及を促進させるため行ってるわけです。
本当に単なるイベントに過ぎないんですが、清水の舞台と森貫主の揮毫が絵になるためか、
師走の風物詩として定着、ニュースにも決まって取り上げられるようになりました。
実は私、この漢検と縁がないわけでもなかったりします。
私のみならず、京都で学生やった人の何%かは、ここのお世話になってるはずだったりします。
いや、検定を受けるという話ではなく。むしろ、その、逆というか、何というか。
一応、守秘義務があるんですよ。なので詳細は書けませんが、と書けば想像がつくあれですよ、あれ。
しんどいんですよ、あれ。結構ちゃんとやってるんですよ、あれ。
却って面倒くさい10分休憩とか、ねえ。なのに、ねえ。トップが不祥事起こして、ねえ。
理事をやってた森貫主が辞めるとか言い出した「今年の漢字」ですが、
体制変えて何とか存続、清水寺と森貫主の揮毫も存続、今年も発表が行われる運びとなりました。
で、その発表の現場を見に行ったというわけです。
三寳寺。
新字だと、三宝寺。右京区にある、日蓮宗の寺です。
江戸初期、後水尾天皇の御内旨を受け、金映山妙護国院三寳寺の号を賜り、建立。
一時は塔頭が12も立つほどの盛況を見せましたが、幕末維新の頃には衰退。
昭和天皇の御即位式に使用した建物を下賜せられ、それを本堂としてから、やっとこさ復活。
以後現在に至るまで、だるまみくじやペット供養などの奇妙な頑張りでも人気を集めてます。
この三寳寺で有名なのが、夏に行われる頭痛封じの「ほうろく灸祈祷会」と、
そして今回訪れた、12月の初頭に行われる「厄落としの大根焚き」。
開祖・日蓮大聖人&日朗上人&日像上人の御真を御開帳、その御威光に包まれながら、
中風封じ祈祷をした大根をいただくことで一年の罪汚れを落とすという、報恩法要であります。
近所には「鳴滝の大根焚き」の呼び名で知られ、よりメジャーな感のある了徳寺がありますが、
三寳寺は、「ゆず御飯」を付加することで、オリジナリティーを主張。
もちろん、柚子の産地として知られる水尾が近所だからなどという安易な理由からではありません。
冬場は布団のような帽子がマストアイテムになる冷え性の日蓮大聖人が、
冷えた身体を温める良薬として柚子を珍重された故事によるものなのであります。
本当です。多分、本当です。ただし、水尾の柚子が美味いのも、本当です。
風呂に入れると実に体が温まるのも実に本当ですが、とにかく大根焚き、行ってきました。
仙人。独男なら、誰もが憧れるものでしょう。
それも、ただ現世から逃げるのではなく、やることやってから隠居した仙人なら、尚更。
おまけに、隠居してからも「実は隠密で・・・」と噂されるような危険な存在感を放ってるとなれば、
独男のみならず独女からも憧れの目で見られようというものです。
詩仙堂を建てた石川丈山は、別に自分が仙人だといってたわけではありません。
元々は徳川家康から厚い信頼を受け、大坂夏の陣では一番槍の功を競うほどの、武士。
それが30前後ですっぱり辞職、母を養うため仕官したのち、一乗寺に凹凸窠なる草庵を建て隠棲。
庵には中国の詩家36人の肖像を掲げた「詩仙の間」を設け、「詩仙堂」の名はそこから生まれました。
仙人は、詩家の方だと。しかし、多くの人はそんな丈山にこそ「仙」なるものを見出します。
リア充な武士キャリアを断ち、30年も清貧を旨とする隠遁生活を続けただけでも、かなり独にして、仙。
しかも学問に長け、漢詩・隷書・作庭などもこなし、同時代の教養人とも幅広い交流を持ち、
おかげで幕府のスパイ疑惑も招いてしまう。もう、完璧です。何が完璧かわかりませんが、完璧です。
独男好みの、丈山。そんな丈山が作った、独男好みの、詩仙堂。
しかし今、季節は、晩秋。京都に「独」も「仙」もない観光客が最も押し寄せるシーズン。
本来は渋好みのはずの詩仙堂にも、「穴場」という言葉に踊らされた人民が大量にやってきて、
この静寂に満ちた狭い草庵を満員電車のごとき肉まみれ空間に変えてしまうのでした。
「禅林寺」と、正しい名前では全然呼んでもらえない、永観堂。
しかし、寺自ら「もみじの永観堂」と銘打った赤い看板を三条京阪に堂々とディスプレイしてるので、
それも自業自得と思わざるを得ない、浄土宗西山禅林寺派総本山でございます。
空海の高弟・真紹僧都が853年に寺を開く以前から、この地は既に紅葉の名所だったようで、
真紹の前のオーナーにあたる有名歌人・藤原関雄も、古今和歌集に収められた歌において、
「おく山の岩がき紅葉散りぬべし 照る日の光見る時なく」などと、詠むことしきり。
秋以外のシーズンは、看板坊主の永観と見返り阿弥陀像がもっぱりの売りである永観堂ですが、
やはりもみじの季節こそが、最も大きな魅力を発揮してくれるようです。
もちろん、最も大きな魅力を発揮すれば、最も多い観光客が押し寄せてしまうわけであり、
その人気と混雑度は、超メジャー級の紅葉スポットがひしめく京都にあっても、トップクラス。
加えて、今年は「京都の秋は永観堂」なんてポスターが駅などに貼られまくったため、地元客も、多め。
さらには、今年2010年の紅葉、いつにないハイテンション&ハイクオリティぶりを誇示。
とんでもない人出が予測されるのです。雅の世界を切り裂く人間地獄の出来が、予測されるのです。
紅葉を見るか。あるいは、紅葉を見る人間を見るか。もしくは、もう、単なる人間だけを見るか。
東山の夜に咲いた「赤の恐怖」がいかなるものだったか、心してご覧下さい。
JRは最近、東福寺駅での京阪電車乗換えを推奨してるそうです。
いわく、京都駅からバスに乗り換えて観光地へ向かうと、混むし、非常に時間がかかると。
しかし、一駅だけ奈良線に乗り京阪へ乗り換えると、東山方面へのアクセスが格段に良くなると。
銀閣寺から平安神宮、祇園や清水寺、そして泉涌寺や文字通り東福寺まで、
駅はちょっと遠いものの、京阪は案外メジャーな観光地を揃い踏みしてる電車なのですよと。
生まれてこの方ずっと「おけいはん」の民である私からすれば、常識以前の話であり、
むしろ何故この便利なルートが今まで認知されなかったのかが不思議という話であります。
誰か、隠してたのか。混雑がいやで、隠してたのか。JRか、京阪か、双方のユーザーかが。
南部の京阪民としては、現在の数倍の観光客が東福寺から乗ってきても、別に問題ありません。
どっちみち、特急で通過してるし。そう、京阪東福寺駅って、特急が停まらないんですよ。
ああ、やっぱりそこか。特急通過駅。確かに、不便。でも、じゃあ停めればいいことなんじゃないか。
何故、停めない。JRは、新快速を停めてる。何故、京阪は各停しか停めない。
JRと、関わりたくないのか。戦前の梅田乗入失敗以来、JRと関わることを避けてるのか。
などと、思うことしきりなんですが、もちろん全てしょうもない冗談です。
観光利用が不安になった人のために付記しとくと、東福寺特急通過は、ホーム長の問題ゆえ。
また、東福寺より上の観光地ゾーンは、特急もほとんど各駅停車。何に乗っても問題ありません。
もし問題があるとすれば、それでなくても紅葉の海が人間の海に化ける秋の東福寺が、
より凄まじい混雑に見舞われる可能性があるくらいでしょうか。
紅葉ピークであったこの日の東福寺は、その危惧が現実化したような混み加減でありました。
デカい、とにかくデカい、知恩院。
玄関にそびえ立つ国宝・三門からしてもう、デカい。同じく国宝・御影堂もまた、デカい。
大晦日に大勢の坊さんがバックドロップで打つ重文・大鐘楼も、やはり、デカい。
敷地自体も無茶苦茶に、デカい。ついでに、連日信徒さんを乗せてやってくる大型バスも、デカい。
とにかく巨大、とにかくスケールが違う、圧倒的存在感を誇る浄土宗総本山でございます。
ここまであからさまにデカいと、嫌われても不思議はありません。
ステイスモールを美徳とする京都では、嫌われても不思議はありません。
が、知恩院を悪くいう声はあまりないんじゃないでしょうか。むしろ「さん」づけで、親しまれてるような。
偽京都人の私もまた、知恩院が嫌いではありません。というか、結構、好きです。
三門の前を通れば不思議と心が温まり、時間があれば御影堂へ立ち寄ったりもします。
徳川が朝廷を牽制する気満々で再建した、キナくさいといえばかなりキナくさい、巨大伽藍。
似たような目的で築城された二条城には滅多なことがなければ立ち寄らないのに、
知恩院には不思議と親しみを感じるのです。これは一体、何故なのでしょう。
法然上人の深き慈愛が、徳川の思惑など軽々と超え、我々を導いて下さってるのでしょうか。
それとも単に、片方は入城券が必要で、もう片方は参拝無料だからでしょうか。
そのあたりを確かめるために、というのは大嘘ですが、
とにかく割と高価な拝観料をふっかける紅葉たけなわな秋の夜間拝観へ行ってきました。
普段は無料の境内を全域有料化して行われるライトアップ、そのお値段、実に800円なり。
無料でなくとも、知恩院は、法然上人は、慈愛の光を見せてくれるのでしょうか。
(2012年付記:知恩院は現在大修理中。記事内の友禅苑以外は、当分拝観できません)
常寂光寺。
嵐山から歩くこと2~30分。嵯峨野の奥へ行ったところにある、日蓮宗の寺院です。
藤原定家が小倉百人一首を編んだという説もある小倉山の中腹にあって、
嵯峨野、そして京都市街を一望できるロケーションは、それだけで見事。
秋になれば紅葉が全山を包み、紅葉スポット目白押しの京都においても屈指の美しさを誇ります。
加えて、重文である多宝塔、伏見城の遺構を移築した本堂、本圀寺から移築した仁王門、
運慶作と伝えられる仁王像、独身婦人連盟が建てた共同納骨堂・志縁廟と、見るべきものも多し。
というわけで、まあ、混むわけです。秋はもう、無茶苦茶に、混むわけです。
そもそもは本圀寺十六世日禎が隠棲の地として開いたのが始まりであり、
仏教の理想郷・常寂光土を思わせるところからその名がついたと言われる常寂光寺ですが、
その小さな常寂光土が人間の臭気で雲散霧消するくらい、猛烈に、混むわけです。
孤独を愛する独男にとっては、浄土というよりもはや、修羅の庭。正直、行きたくない。
でも、メジャーどころの単独正面突破をモットーとする以上、逃げるわけにもいけない。
というわけで「日曜+連休中日+紅葉最盛期」と、わざわざピーク中のピークを選び、
血の色に染まる嵯峨嵐山へ特攻をかけてみました。

鞍馬寺と奥の院と貴船神社へ行ってきました。もちろん、ひとりで。
鞍馬寺。
源義経が幼名・牛若丸の頃、「天狗」に剣術を習ったことで有名な寺ですが、
北部+標高の高さゆえ、市街地より一足早く紅葉が楽しめる点でも親しまれています。
そして、その筋の方々からは宇宙から飛来した魔王尊を祀るパワースポットとしても、人気です。
鞍馬寺、もともとは天台宗の寺でした。が、1949年に鞍馬弘教の総本山として独立。
現在は毘沙門天・千手観世音・護法魔王尊の三身一体を「尊天」と称し、本尊としてます。
いわく、毘沙門天は太陽の精霊、千手観世音は月輪の精霊、魔王尊は地球の霊王、と。
で、その三つが合体した「尊天」こそが「すべての生命を存在させる宇宙エネルギー」だそうです。
えと、宇宙というのは、何というか、宇宙です。エーテルがあることになってるかもしれない、宇宙です。
私が言ってるんじゃないですよ。先方がそう言ってるんだから、しょうがないじゃないですか。
境内のケーブルに乗ると、豊かな自然を眺めながら「宇宙エネルギー」を説明してくれるのが、
天狗よりも、最近よく出るという熊よりも、ある意味怖い、鞍馬寺。
紅葉スポットは本殿金堂周辺で、紅葉狩りだけならこの辺を見るだけで十分ですが、
もっと山奥に入ると、650万年前に金星人が降り立ったポイントである奥の院魔王殿があり、
そこを巡る山道=奥の院コースもまたハイキングコースとして人気があります。
えと、金星人というのは、何というか、金星人です。六星占術の金星人ではない方の、金星人です。
私が言ってるんじゃないですよ。先方がそう言ってるんだから、しょうがないじゃないですか。
奥の院を抜けると、そこは、貴船。ここも、鞍馬と同時に紅葉シーズンへ入ります。
というわけで、鞍馬・奥の院・貴船を歩き通し、紅葉と金星人をいっぺんに堪能してみました。