夏越祓の茅の輪をまたまたまたまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

2015年6月30日(火)


夏越祓の茅の輪をまたまたまたまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

「夏越祓」 とは、読んで字の如く、本来は夏を越す際に行う御祓いのこと。
新暦が導入された現在なら、7月末~8月中旬あたりが元々のタイミングということになります。
8月初頭に下鴨神社で行われる矢取神社は、裸男たちによる矢の奪い合いに目が行きがちですが、
楼門にしっかり茅の輪が用意される通り、正しいタイミングで行われる夏越神事なわけですね。
とはいえ、現代の暦で生きる現代人の為の現代の社が、新暦にて神事を行うのもまた、尤もな話。
夏越祓も例外ではなく、大抵の神社に於いて夏越神事の類は、新暦6月末日に行われてます。
なので、 「夏越祓の茅の輪を、くぐってくぐってくぐりまくりたい」 などと阿呆なことをやらかすのなら、
多くの神社で大祓の神事が行われ、茅の輪が用意される6月末日に出かけるしかありません。
で、6月末日に出かけた場合、言うまでもなくこの時期は梅雨シーズンの真っ只中である為、
「水が無い月」 という旧月名が信じられないような勢いで雨に降られるのは、ほぼ間違いありません。
というわけで、当サイトの6月恒例行事である茅の輪くぐりまくり、2015年度は雨に降られました。
冒頭は持つかと思いましたが、途中から、降られました。それはもう見事に、降られました。
あらぬ快楽で悶え狂う独男的肉体&無力感と万能感の間で腐り続ける独男的精神を祓うべく、
スピリチュアル・デトックス or 存在の膿の大棚ざらえとして続けてきた、夏越祓の茅の輪くぐりまくり。
2011年以降、毎年徘徊し続けてるわけですが、しかし、雨の直撃を受けたことはほぼ、なし。
「これこそ善行に励む私に対して神が授けた僥倖」 と、天に感謝することしきりだったんですが、
善行に励み過ぎる欲深さが嫌われたか、またはやはり独男であること自体があくまでも問題なのか、
あるいは今回徘徊したのが 「猛霊」 にして水神たる松尾神の影響下にあるエリアだった為か、
とにかく2015年の茅の輪くぐりまくりは、雨でずぶ濡れになりながら歩き続けることとなったのです。
そう、今回茅の輪を探し求めたのは、松尾大社・松尾祭と縁深き京都市南西エリアが、メイン。
JR桂川駅から出発して東北東へ進み、最終的には京阪清水五条駅へ到達する流れとなってます。
雨の中、どこまで歩けるか。計画を担保する正気と行動を担保する狂気を、どこまで保てるか。
例年に増して過酷かつ無意味な徘徊、私の疲労と徒労を共有して下さい。

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鍵善良房でくづ切りを、八坂神社・夏越祓の帰りに食べてきました。もちろん、ひとりで。

2014年7月31日(木)


鍵善良房でくづ切りを、八坂神社・夏越祓の帰りに食べてきました。もちろん、ひとりで。

京都の夏といえば、くづ切りと決まってます。
「誰が決めた」 と問われたら、私が決めました。今、ここで、決めました。
「くづ切りなんかどこでも食えるだろ。それに近畿圏で葛といえば吉野に決まってるだろ」
などという訳知り顔の正論は、人々の勝手な幻想がふき溜るこの街では、何の効力も持ちません。
そう、ここは、京都。 「京都といえば」 が枕詞なら、どんな出鱈目も通ってしまう魔都、京都。
「京都の夏といえば、かき氷」 程度は無論、 「京都の夏といえば、すき焼き」 でも案外平気で通り、
「やっぱり」 や 「あえて」 も使えば、安易なブランディングが無限に成立する、魔都なのです。
言い切れば、何であろうと真実になります。それが貴方の、真実の京都なのであります。
無論、その真実は、貴方自身のことでもあります。京都を語ることは、常に己を語ることであります。
「京都といえば、パン」 「京都といえば、ケーキ」 「京都といえば、チョコレート」、全部、OKです。
それが、貴方の京都なんだから。それが、貴方自身なんだから。しょうがないですよね。
という感じで、得体の知れぬスイーツが我が物顔で 「京都」 を名乗る昨今の動勢を考慮すれば、
私がくづ切りを 「京都の夏の風物詩」 と勝手に断言した所で、多分、どこからも文句は出ないはず。
それに、紫紅社 『きょうの京都』 においても、さらには淡交社 『京都歳時記』 においても、
くづ切りは 「八月」 の項に 「夏の風物詩」 「夏に食うもの」として、しっかり掲載されてますしね。
なので、京都の夏といえば、くづ切りであります。しょうがないことなく、くづ切りであります。
そんな京都のくづ切りといえば、祇園・四条通の鍵善良房が、最も有名ということになるでしょうか。
ランチジャーみたいな箱に入ったくづ切りは、誰もが一度は見たことがあるかも知れません。
その鍵善良房へ、混迷を極める京都のスイーツシーンの今後を見据えるべく出かけた、
というのはもちろん大嘘で、実は八坂神社夏越祓の帰りに何となく寄っただけなんですけど。
フラっと食したくづ切りの涼しさ、夏越祓の雑なレポと共にお楽しみ下さい。

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夏越祓の茅の輪をまたまたまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

2014年6月30日(月)


夏越祓の茅の輪をまたまたまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

熱いお茶で、みなづきをいただいてると、月日の経つのは、なんと早いもんやろうと、しみじみこたえて
くる。ついこの間、お雑煮を祝うたと思うているのに、知らん間に夏越の祓となって、半年の、なんと短
かったことやろう。なんにもせんうちに、わたしにも白髪がふえだした。
大村しげ 『京暮し』

ほんわかしてるようで、実は高速かつ硬質な大村しげの文章が描破してるように、
時の流れの速さに恐怖さえ感じる今日この頃、暇丸出しな当サイトでも季節は超高速でめぐり、
勝手に恒例化してる夏越の茅の輪めぐりも、2014年度版が早くもやって来てしまいました。
正月からの半年間でこびりついた魂の穢れを、神社に設置された茅の輪をくぐることで祓い浄め、
暑さ+疫病の脅威が本格化する厳しい夏を乗り切ろうという古来からの慣わし、夏越祓
うちでは、腐った欲求各種を持て余す己が存在の膿の大掃除 or スピリチュアル・デトックスに加え、
普段は記事で訪れる機会のない、小さいというか地味というか、そんな神社への訪問を兼ね、
毎年あちこちの社に設置された茅の輪を探し求めてはくぐりまくり、溜った穢れを祓い倒してきました。
2011年は市バス一日券を使って、京都市内の各神社をランダムかつノーコンセプトに徘徊。
2012年は一転して全行程を徒歩にして、東福寺から西陣周辺までを、やはりノーコンセプトに徘徊。
そして2013年はまた徒歩で、右京区をローラー的に回り、最後はまた西陣へ着く感じで徘徊。
で、2014年の今回は、やや手薄になってる感のある東北方面を攻めてみることにしました。
京阪三条駅から出発し、東大路通&白川通を縦軸として、あちこちをダラダラとうろつき回ってます。
果たして私は、穢れを見事祓った清い体&魂で、熱いお茶&水無月を頂けたりするのか。
それとも、穢れと共に無意味な徒労がバンバカ蓄積し、頭に白髪が増えるだけで終わるのか。
蒸した空気を日光が時折暖めるような不快な天気ですが、さあ、出発しましょう。

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下鴨神社の夏越・矢取神事へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2013年8月6日(火)


下鴨神社の矢取神事へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

旧暦。それは、今もなお京都を影で支配し続ける、ルール。
東京遷都以降の全てを否定したい」 という集合無意識が働いてるのか何なのか、
とにかく新暦導入から100年以上経過した現在も、京都では多くの局面で旧暦が稼働してます。
例えば、正月以上に盛り上がる本来の正月 = 節分。例えば、月送りの8月に営まれる、お盆
例えば、やはり月送りの8月に堂々と 「七夕」 を名乗り、電飾で集客を目論むイベント 「京の七夕」
などなど、この街のタイムテーブルを規定する旧暦の力は、21世紀も衰える様子はありません。
半期に一度のスピリチュアル・デトックスである夏越祓もまた、いくつかの神社は旧暦で実施。
一番有名なのは、祇園祭の〆として7月末日に茅の輪くぐりを行う八坂神社摂社・疫神社でしょうが、
伏見の氏神・御香宮神社、そしてかの世界遺産・下鴨神社も、旧暦タイムで夏越祓を行ってます。
下鴨神社の夏越祓に至っては、より本来の定義に準じた仕様とするためか、立秋前夜に、実施。
さらには、茅の輪のみならず、「裸男」 による水中斎串取り合い大会である 「矢取神事」 も、実施。
下鴨神社の祭神である玉依媛命が、糺の森の中を流れる瀬見の小川で川遊びをしてると、
丹塗矢が流れつき、それを持ち帰った玉依媛命は、上賀茂神社祭神・賀茂別雷命を懐妊したという、
何となくセクシャルなメタファーが散りばめられてる感じがしないでもない同社の神話に因み、
やはり何となくセクシャルな裸男が、何となくセクシャルな矢をめぐり大暴れを演じる、 矢取神事。
この荒行のインパクト&時期が他と隔絶してるため、夏越としての印象はやや希薄ですが、
旧暦の街・京都を代表する神社に相応しいタイミングの夏越祓であることは、間違いないでしょう。
そんな下鴨神社の夏越・矢取神事、暑さは全く立秋してませんが、行ってきました。
一瞬の大騒ぎで 「夏を越す」 その一瞬さ加減、御堪能下さい。

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夏越祓の茅の輪をまたまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

2013年6月30日(日)


夏越祓の茅の輪をまたまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

いい歳をした、独男。その、穢れ切った精神と肉体。
肉体はあらぬ快楽で怒声を上げ続け、魂は無力感と万能感の狭間で腐り続け、
さらには、腐臭漂う己の生き様を、ネットを通じてなるべく広範に伝染させようと目論み、
自意識の臭気を汁にして目から飲ませるような暑苦しいサイトを作り続ける、筆の生えた糞袋。
そんなカス野郎の、穢れに穢れた穢れを祓おうとするなら、普通の祓いでは全く足りません。
質的にも量的にも肥大した糞袋っぷりを糺すには、質的にも量的にも肥大した祓いが必要なのです。
そう、例えば、大祓に用いられる茅の輪を、大量に、かつ連続して、くぐりまくるとか。
半年分の穢れをくぐり一発で祓うスピリチュアルリング = 茅の輪を、立て続けにくぐりまくれば、
あるいは独男の穢れ切った精神と肉体も、穢れなき少年のような輝きを取り戻すかも知れない・・・。
そんな藁をも掴む気持ちで、神社を求めウロウロ徘徊する夏越祓の茅の輪くぐりまくり、
2013年度上半期も、湿気爆発な梅雨真っ盛りの京都を舞台に、しっかりやってしまいました。
魂の救済というテーマを掲げ、でもやることは単なる街ブラ&嘘スピリチュアルという外道なこのネタ、
2011年度は東山周辺を中心に2012年度は堀川通を中心に、それぞれ徘徊しましたが、
2013年度のメインターゲットエリアは、一大観光地・嵐山をスタート地点とする、洛西・右京区。
理由は、特にありません。東と真ん中を攻めたのか、今度は西方面かな、と。そんな感じ。
また、厳密に西へこだわったわけでもなく、最後には北野一帯へ流れ付いたりと、極めて適当です。
が、適当に歩いても尚、かなりなボリュームの神社にかなりの頻度で遭遇する京都の濃さ、
そしてそんな濃さの中で息づくネイティブな匂いみたいなものは、多少は感じてもらえるかなと。
それでは半期に一度のスピリチュアル・デトックス or 存在の膿の大棚ざらえ、
梅雨真っ盛りの不快極まる梅雨空ですが、さあ、出発しましょう。

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八坂神社・疫神社の夏越祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年7月31日(火)


八坂神社・疫神社の夏越祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

祇園祭、いや元々の呼称だと祇園御霊会は、
街に蔓延する疫病の退散を目的として、平安前期に開始されました。
科学の無い時代の人口密集都市・京都にとって、疫病が流行り易い梅雨明けは、恐怖の季節。
死体が次々と生まれ、その死体がさらに死体を生むという魔のスパイラルを断ち切るため、
ほとんど疫神と紙一重の荒っぽい祇園神・素戔鳴尊 = 牛頭天王のパワーを借りて、
のちには山鉾なる超巨大悪神吸引機も造り、疫神を吸引したり追い出したりしてたわけです。
で、パワフルであると同時にリスキーでもある牛頭天王の扱いの際に援用されたのが、
牛頭天王に一夜の宿を供したことで惨禍から免れたという、蘇民将来の説話。
「俺、明日、南の海へ女を引っ掛けにいくねん。でも今日、もう遅いやろ。せやから、泊めて」 と、
アポなし宿泊を強引に頼んできた神を、貧しくも粟粥などで丁重にもてなした、蘇民将来。
金持ちのくせに神の宿泊を断った弟・巨旦将来に半ギレだった牛頭天王は、このもてなしに感動、
「お前とお前の身内だけ、助けたる」 と、目印になる茅の輪を蘇民将来に授け、
巨旦将来を始めとする他の村人、つまり茅の輪を持たない者を、ことごとくブチ殺しました。
茅の輪を持っていれば、助かる。蘇民将来の身内と名乗れば、助かる。
そんな信仰から、現在でも祇園祭では奉仕者が 「蘇民将来之子孫也」 の護符を身につけ、
茅の輪の変形にあたる食えないちまきが、お守りのように重宝されています。
7月31日、一ヶ月にも渡って様々な行事が行われてきた祇園祭のフィナーレを飾るのは、
この蘇民将来を祭神とする八坂神社摂社・疫神社の、夏越祭。
フィナーレと言っても、派手なイベントはありません。設置された茅の輪を、ただ、くぐるだけ。
しかし、レアな端緒が剥き出しになってると言える神事をもって祭を終了するその様に、
祇園祭が単なる観光イベントではないことを、改めて実感できるはずです。
そんな夏越祭、ふらっと寄ってきました。

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狸谷山不動院の火渡り祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年7月28日(土)


狸谷山不動院の火渡り祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

火渡り祭。読んで字の如く、火の中を渡る行事です。
タヌキの置物&自動車祈祷&ガン封じで知られる、一乗寺奥の狸谷山不動院にて、
護摩火をバンバカ焚きまくった後、その残り火の中を一般参拝者が裸足で歩く、火渡り。
何ゆえ夏の一番暑い時に、そんなデンジャラスな灼熱地獄を味わねばならんのかといえば、
無論、我々が穢れ切っているからであり、その穢れを聖なる炎で焼き尽くす必要があるからです。
この一ヶ月ほど前にあった夏越祓の茅の輪くぐりまくり記事でも、似たことを書いてますが、
タヌキゆえ手抜きでコピペしてるのではなく、こちらの火渡り祭もまた、夏越祓の一種。
八坂神社・疫神社伏見・御幸宮神社の茅の輪、または下鴨神社の矢取り神事などと同じく、
旧暦のタイミングで穢れを祓い、夏を乗り切るための健全な心身を手に入れようというわけです。
一ヶ月しか経ってないのに、また祓うのか。茅の輪くぐりまくりでは、清め切れなかったのか。
そう問われると、「何も考えず興味本位で行ったんだよ~ん」 と、魂の真実を告げたくなりますが、
しかし、盛夏へ突入するにあたり、スピリチュアルな調整が必要なのもまた、確かなこと。
夏は、誰にとっても、我々独男にとってもなお、煩悩を刺激されやすいシーズンであります。
健全な人間が煩悩を刺激されたのなら、勝手に盛り上がって人口でも増やしとけという話ですが、
我々独男が下手に夏の煩悩を刺激されると、色々と厄介な事態が出来しがちであります。
個人の恥的にも、社会的にも、時に人道的にも、厄介な事態が出来しがちであります。
危険なのです。夏は、危険な季節なのです。なので、前もって穢れの始末をつけておきたい。
しっかりと、蓋をしてしまいたい。できることなら、完全に燃やし尽くしてしまいたい。
そんな思いに駆られ、一乗寺の坂を登ったというのはやはり大嘘ですが、
暑い季節の熱い行事、とにかく行ってきました。

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夏越祓の茅の輪をまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

2012年6月30日(土)


夏越祓の茅の輪をまたくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。

私は、穢れている。どうしようもなく、穢れている。
いい歳こいた、独男。そのことだけで既に、臭気が漏れるほど、穢れている。
おまけに、肉体はあらぬことで日々悦びの声を上げ、魂は無力感に溺れて無為に腐り続け、
さらにはその腐り切った魂を、ネットを通じて無関係である他者へ伝染させてやろうなどと目論み、
自意識の臭気を汁にして飲ませるような、無駄に暑苦しいサイトを、日々作り続けている。
私は、穢れている。どうしようもなく、穢れている。果てしなく、穢れている。
祓わなくては、いけない。それも、なるべくたくさんのお社で、祓わなくては、いけない。
というわけで、2012年度上半期もやってしまいました。夏越祓の茅の輪、くぐりまくりであります。
正月から六月末までの半年間に溜まった穢れを、茅の輪をくぐることで祓う、夏越祓。
前回2011年度は、それなりに茅の輪が知られる神社をバスで回り、数をこなしたわけですが、
今回は穢れの影響か懐具合が非常によろしくなく、500円の市バス一日券を買う金さえ惜しいので、
スタートの東福寺から、ラストの檪谷七野神社まで、全行程、徒歩を貫いてみました。
徒歩貫徹といっても、特にハードな意思に基づくわけではなく、基本、ウロウロと街中をうろつくのみ。
適当に目がついた神社へ立ち寄り、茅の輪があればくぐるという、街ブラモード全開路線。
そんなユルユルな姿勢で、穢れ切った肉体と魂が祓われるかどうかは知りませんが、
祓われ過ぎると自分そのものが消滅するので、適度に加減した次第です。
立ち寄った神社全てと、茅の輪の有無を記したので、参考にする方は、参考にしてください。
それでは半期に一度のスピリチュアル・デトックス or 存在の膿の大棚ざらえ、
生憎の雨&曇天ですが、行ってみましょう。

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上賀茂神社の夏越大祓へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2011年6月30日(木)


上賀茂神社の夏越大祓へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

夏越祓の茅の輪をくぐりまくり、オーラスです。
小さめの神社を一日中駆けずり回り、茅の輪をくぐりまくった夏越デイでしたが、
締めはやはり世界遺産、超メジャー級で行こうじゃないかということで、上賀茂神社であります。
といっても「みなづきのなごしのはらえするひとはちとせのいのちのぶというなり」と言いながら
輪をくぐるだけではありません。結構な神事も行われるので、そっちも見物しました。
上賀茂神社は、祓、禊祓を非常に重要視してるそうです。
理由は、祭神である賀茂別雷神が母・玉依比売命の禊の最中に降臨したからだとか。
大和国・葛城から、山城国、そして上賀茂地域に定住した賀茂県主族は、神を求めた、と。
一族の祭祀の権を与えられた玉依比売命は、神の降臨を願って毎日川辺で禊をした、と。
すると、川上から仁塗の矢が流れてきたので、持ち帰った、と。
その夜、何か神を感じ、子供が生まれた、と。で、その御子が祭神・賀茂別雷神だった、と。
このような由緒ゆえ祓を大切にし、この夜の夏越大祓&人型流しも荘厳に執り行われます。
元々夏越祓は12月の晦日に共に「大祓」という国家的な除災行事だったそうで、
奈良時代には朱雀門前に百官が集まり、大祓詞を読み上げるという大層なものだったとか。
上賀茂神社の夏越大祓はもしかすると、そんな平安以前の祓の姿を伝えてるかも知れませ
地元の神社で地元の人たちがささやかに無病息災を願うのとは一味違う、
世界遺産ならではの祓いの儀、ご堪能ください。

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夏越祓の茅の輪をくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。(後編)

2011年6月30日(木)


市バスの一日券を使った、でも結局歩きまくってる夏越祓の茅の輪くぐりまくり、前編の続きです。

全くどうでもいい話ですが、私、バスが苦手なんですよね。
どこの街のバスも苦手なんですが、京都のバスは特に苦手です。
府民ではあるものの相当長く利用し続けてるはずですが、未だに系統さえ覚えられません。
何より車内の空気が、ダメなんですよね。あの、モワ~っとした空気というか、ノリというか。
一言で言うなら、しんきくさい。 「遅延にイラつく」 といった話ではなく、空気そのものが、しんきくさい。
このしんきくさい空気、バスのみならず、地下鉄にも漂ってることがあります。
特に、市営地下鉄の今出川以北。何故か列車の中の雰囲気がバス的になり、すごくしんきくさい。
「鉄道の生理」が欠落してるというか、鉄道の基準で人間が動いてない感じが、苦手なんですよ。
私は京阪の駅前に生まれ、列車が大鉄橋を渡る音を聞いて育ったような人間なので、
京都市中心部に漂うこの「非鉄」なノリに、いつまで経ってもなじめません。
明治以前に街が出来上がってた多くの都市と同様、
京都も大きな鉄道 = JR・京阪・近鉄・阪急などは市街地中心部を避けて建設されてますが、
阪急が市街地ど真ん中の四条通り地下へ乗り入れる昭和中頃までその状態が続いたために、
京都の「非鉄」はある意味、純粋培養されてしまったのでしょうか。
と、全く無関係な話を全く無意味に終えたところで、夏越祓の茅の輪めぐり、後編であります。
後編は灼熱のラッシュ、ひたすら数ばっかりこなしていく様を、ご覧下さい。

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夏越祓の茅の輪をくぐりまくりました。もちろん、ひとりで。(前編)

2011年6月30日(木)


夏越祓の茅の輪をくぐりまくってきました。もちろん、ひとりで。

夏越祓。なごしのはらい。6月の晦日に行われる、お祓いです。
正月からの半年間でこびりついた身の穢れを、多くの神社で設置された茅の輪をくぐることで祓い、
疫病の脅威と暑さそのものが本格化する厳しい夏を乗り切ろうという慣わしであります。
元々は701年の大宝律令によって定められた「大祓」という国家的な除災行事だったそうで、
かつては朱雀門前に百官以下天下万民が集まり、国民全ての犯した罪や穢れを祓ったんだとか。
しかし現在ではもちろんそんな大層なことは行われず、
むしろ茅の輪目当てにあちこちの小さい神社を訪問する楽しみが味わえる日となってます。
で、私、この日が暇だったので、穢れに穢れた身を清めようと、市内各社の輪をめぐってみました。
行ってみたかった神社が数社と、あとは適当にその場の気分で足が向いたお社と。
市バスの一日乗車券を買って、でも五十日ゆえか混雑しまくりなので結局大半は歩いたりして、
「みなづきのなごしのはらいするひとはちとせのいのちのぶというなり」と言いまくりました。
あ、これ、茅の輪をくぐる時の呪文です。意味ですか。さあ、何なんでしょうね。
おおむねどこの神社も、人はまばらか無人なので、客層リサーチや気まづさ度チェックは省略。
ひたすら輪をくぐり続ける様、ごらん下さい。

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