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京都市内

知恩院のミッドナイト念仏へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年4月18日(水)


知恩院のミッドナイト念仏へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

「今夜はオールで、念仏三昧」 。
末法テイスト溢れるそんなセリフを、現実に実行する催しが、春の京都にはあります。
といっても、妖しきクラブへ妖しき者たちが集い、妖しき飛び薬を吸ったり打ったりしながら、
「ブッダ・トランス」 とかわけのわからぬ音源を聴いて不穏な法悦に浸る類のものでは、ありません。
また、さらに妖しき者たちが、人もまばらな山中をパワースポットなどと称して参集し、
アセンションだの次元アゲアゲだの言いつつ、念仏と共に朝日を迎える類のものでも、ありません。
催しの名は、ミッドナイト念仏。行われる場所は、かの浄土宗総本山・知恩院
そう、マジなのです。メジャー中のメジャーである寺にて、オールナイトで念仏が行われるのです。
真に末法の時代であった平安末期、旧来の仏教教団からの弾圧にも屈することなく、
南無阿弥陀仏を唱えるだけで救済される専修念仏を民衆に広く説いた、浄土宗開祖・法然上人
上人が没した地・知恩院ではその遺徳を偲ぶべく、忌日に合わせ御忌大会を大々的に開催。
法要に加え様々な行事も行われ、ミッドナイト念仏もその一環というわけであります。
真面目な催しなのです。名前はほとんど面白半分な感じですが、真面目な催しなのです。
真剣に念仏を唱える人々と共に、興味本位&冷かし丸出しの若者や、酔っ払いなどが入り混じり、
全員でポクポクと木魚叩いて念仏トランスを目指す様は、奇観といえば、確かに奇観。
しかしその混沌こそ、無差別の救済を目指した上人の御心に沿うものとも言えるのでしょう。
そんな懐の大きいミッドナイト念仏、今回私はフルで参加してみることにしました。
20時のスタートから翌朝の終了まで、途中日和ってますが、ぶっ通しでポクポクしてきました。
闇の中の念仏で、何を見たのか。その果ての光の中で、何を見たのか。
真面目に、かつ興味本位&冷かし丸出しで、御覧下さい。

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地主神社のえんむすび祈願さくら祭りへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年4月15日(日)


地主神社のえんむすび祈願さくら祭りへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

地主神社
「じぬしじんじゃ」 ではありません。地主を守護する神社でもありません。
正しい読みは、「じしゅじんじゃ」 。清水寺の舞台を出てすぐのところにある神社です。
現在はそれこそ清水寺のおまけみたいな存在感を放つ地主神社ですが、その歴史は極めて古し。
最初の本殿建造は701年とか言われてますが、境内の石は縄文時代から存在すると言われ、
京都がまだ湖の底だった頃から、何らかの信仰が根付いていた可能性がある社であります。
が、21世紀にここを訪れる人の大半にとって、そんなことは知ったことではありません。
こちら地主神社における最近の売りは、ずばり、縁結び。
それこそ間借りのような狭い境内には、「恋占いの石」 だの 「良縁大黒」 だのといった、
下司い野望を叶えてくれる、もとい、真っ直ぐな想いを受け止めてくれるアイテムが、すし詰め状態。
パワスポ商戦に乗っかるどころか先頭を切るように、多彩過ぎる良縁祈願お守りも発売し、
それら目当てに観光ハイ+恋愛ハイ+パワスポハイの女性たちが、日々群れ集うのであります。
「さくら祭り」 は、そんな地主神社の名物桜 「地主桜」 をフィーチャーしたお祭り。
かの嵯峨天皇も御車を返してまで愛で謡曲や俳句にも数多く取り上げられた地主桜に、
何故か縁結びを祈願してしまうという、わかるようなわからんようなお祭りであります。
桜シーズン+日曜という悪条件に加え、神徳も超アウェーという悪状況ですが、
とりあえず不審者モード全開で侵入を果たしてきました。

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六角堂の夜の特別拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年4月13日(金)


 六角堂の夜間拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

六角堂。正式名称、頂法寺
下京の町衆が自治のために集った寺 = 町堂として知られる寺です。
秀吉の京都大改造&火事により、現在は中京区にある上京の町堂 = 革堂に対し、
六角堂は、聖徳太子の時代にまで遡るという創建時より 「京都のへそ」 たる中心部に位置。
平時は町組代表の集会所 or 生活文化の中核として、各種動乱の際には軍勢の集合場所として、
自治を死守するための勇ましくかったり物騒だったりする歴史が積み重ねられた寺であります。
他にも、かの親鸞参籠して 「我成玉女身被犯」 「引導生極楽」などと観音様に言われ
そのお告げが妻帯を肯定する浄土真宗誕生のきっかけになったことでも知られる、六角堂。
しかし現在は、何といっても華道家元・池坊の総本山としての顔が、有名でしょう。
境内北側にある池のほとりに住んでた坊さん = 通称 「池坊」 が、朝夕と本尊に生花を供え続け、
やってるうちにどんどん上手くなり、遂には家元になったという、池坊誕生伝説。
池坊にとっては、ここは正に、発祥の地。ゆえに、現代における六角堂存続も全面的にサポート。
サポートついでに寺の真横へビルを建て、景観的にはかなり奇妙な世界を生んでますが、
とにかく遷都でも応仁の乱でもほぼ不動の 「京都のへそ」 を、今も守り続けています。
そんな六角堂&池坊が最近になって始めたのが、春の夜の特別拝観。
名物である早咲きの枝垂桜・御幸桜と、その下に並んだやはり名物の十六羅漢像をコアに、
生花のディスプレイや池も含めて境内をライトアップ、幻想的に魅せる試みです。
街中に現れた、美しくて妙に妖しい夜の六角堂、お楽しみ下さい。

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桜満開の京都市動物園へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年4月12日(木)


京都市動物園へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

京都市動物園
名前の通り、京都市の動物園です。京都市立の動物園です。
明治初頭、奠都による衰退を挽回するため、京都では博覧会を立て続けに開催。
都をどりを生んだ第一回京都博覧会や、時代祭発端の第4回内国勧業博覧会などが有名ですが、
そんな晴れ晴れしい博覧会にはいつも、禽獣会なるものが同時開催されてたんだとか。
禽獣、すなわち、孔雀などの鳥とケダモノ。それらを見世物にする、と。いわば動物園のルーツ、と。
京都市動物園は、その禽獣会をスケールアップさせるかのような形で、創立されました。
名目は、大正天皇の成婚記念。場所はもちろん、博覧会のメッカである岡崎。
金がとことんなかったのか、必要な建設資金は市税に加えて市民に寄付を募る形をとり、
明治36年、上野に次いで日本では2番目、市立としては日本初の動物園がオープンしたわけです。
以来100年以上に渡り、京都の子供たちへ様々な動物と触れ合う機会を提供し続け、
辺境に住む子供だった私なんかは小学校最初の遠足の行き先がここだったりしたんですが、
そんな本来業務の他にも京都市動物園には大きな魅力があって、それは、桜。
園内には創立時に植樹されたという数百本の桜が並び、これが案外、立派。
インクラインなど、近代の匂いがする名桜が多いこのエリアにもあっても、なかなかの見物。
場所柄、和みムードなのもあり、隠れた桜スポットして人気があったりします。
そんな京都市動物園の桜、動物と共に見てきました。

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ふかくさ・藤森・桜並木ライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年4月10日(火)


ふかくさ・藤森・桜並木ライトアップへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

桜といえば、軍です。軍といえば、桜です。
花と散り、闇に溶ける。このエロスとタナトスの魅惑に、県境も府境もありません。
「ソメイヨシノなんてどこでも同じように咲く桜、別に見とないわ」 というネイティブ京都人も、
「京都の桜は、山桜や枝垂桜。ソメイヨシノで喜ぶのは、素人」 とか言う知ったかぶりの素人も、
軍のオーラに加え、近代の残り香も濃厚に漂う地で鮮やかに咲くソメイヨシノを目にしたら、
きっと己の不明を恥じ入り、思わず腹のひとつでも切りたくなるというものでしょう。
かつて帝国陸軍第16師団が置かれ、京都近代化の象徴・琵琶湖疎水も流れる地、深草+藤森。
京都にあっては珍しく 「戦前の日本」 or 「戦争」 そのものの匂いが残るエリアです。
ちょっと目を凝らせば、至る所に 「皇紀」 や 「紀元」 や 「陸軍用地」 と刻まれた道標が残り、
「師団街道」 や 「第一軍道」 などというそのまんまな名前の道も、あちこちに現存。
そして、疏水沿いには春になるたびパッと咲いてパッと散るソメイヨシノが並ぶのであります。
2011年からこの疏水沿いで始まった 「ふかくさ・藤森・桜並木ライトアップ」 は、
近代のエロスとタナトスを体現するソメイヨシノを、闇の中でより妖しく輝かせることで、
ベタな死の誘惑を軽視+冷笑しスルーし続けてきた戦後日本の臆見を批判し、
その臆見により崩壊しつつある現代社会も批判するイベント、というのはもちろん、大嘘です。
軍都であったことも、疏水が流れることも本当ですが、イベントは基本、単なるイベント。
ただ知名度がまだまだのため、結構な穴場感が味わえるスポットになってます。
そんな深草・藤森の夜桜、軍の残り香と共に楽しんできました。

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今宮神社のやすらい祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年4月8日(日)


今宮神社のやすらい祭へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

やすらい祭。漢字にすると、夜須礼祭。
広隆寺の牛祭、鞍馬の火祭と共に、京の三奇祭に数えられる今宮神社の祭りです。
遷都以前から紫野の地にあり、既に疫神が祀られていたとも言われる今宮神社ですが、
本格的に疫病退散を祈願されまくるようになったのは、人間密集都市・平安京が成立して以降。
遷都の頃はまだ水が残ってたという元・湖の盆地なんかへ、大量の人間が密集して住んだため、
暑気+洪水+死体腐敗などの合わせ技が発生、この街には伝染病が流行りまくります。
特に春から夏かけては人がバッタバッタと死にまくりますが、当時の人々には何ら打つ手はなし。
しょうがないので、この災厄を疫神の仕業と断定。そして、この疫神の慰撫を企画。
風流や歌舞音曲で疫病を鎮めようと、あちこちの神社でお祭り騒ぎを開くようになりました。
それが、御霊会。平仮名だと、ごりょうえ。祇園祭のルーツと言われる、あれです。
祇園祭は山鉾などが過激に発展し、街が一ヶ月丸ごと祝祭空間化する現代の形になりましたが、
やすらい祭は、もう少しクラシックな御霊会の形を現代に継承してると言われてます。
桜や椿を挿した、山鉾のアーキタイプたる花傘。赤毛や黒毛を振り乱して路上で乱舞する、大鬼。
そして、ブルージーなメロディで 「や~す~ら~い~は~な~や」 と歌われる、やすらい歌。
やすらい祭の名物とも言えるそれらが放つ、実にストレンジで 「奇祭」 な雰囲気は、
一条天皇の時代に船岡山で開かれて以来、ずっとこの地に残ってる御霊会本来の息吹を、
ある意味、形式以上のリアルさをもって伝えているのかも知れません。
そんな 「奇祭」 の空気、たっぷりと堪能してきました。

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上七軒へ北野をどりを観に行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年4月6日(金)

北野をどり・提灯
上七軒歌舞練場の北野をどりを観に行ってきました。もちろん、ひとりで。

北野をどり。
京都最古の花街・上七軒の舞踊公演です。
室町時代にまで遡る歴史を持つ上七軒ですが、をどりが始まったのは比較的新しく、戦後。
昭和27年、氏神である北野天満宮の創建1050年記念万灯祭に際して
祭神・菅原道真の物語を舞踊劇にした「北野天神記」を奉納したことに始まります。
これをきっかけに、「北野をどり」を正式にスタート。今年は記念すべき60回目です。
花街としての規模も小さく、舞妓さん芸妓さんの数も決して多くはない上七軒ですが、
踊り手もお囃子もフル稼働で、セリフを多用したストーリー性の強い舞台を創出。
「通は上七軒のをどりを好む」といわれるほど、その芸への評判は高いものがあります。
最近まで4月中旬に開催されてた北野をどりですが、しばらく前、
第一回の開催日が3/25+天神さんの縁日に因み、3/25から2週間の開催に変更。
で、2012年の期間は、3/25~4/7。で、千秋楽の前日にあたる6日に行ってみました。
予約は、してません。前日に、行くことを思いついたからです。
予約なしで入れるコネは、ありません。当日券の一発勝負、飛び込みです。

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清水寺の東山花灯路2012特別夜間拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年3月14日(水)


清水寺・2012年花灯路協賛の夜間拝観へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

桜シーズン直前&紅葉シーズン直後の観光客閑散期に、
東山や嵐山を電飾でライトアップし、夜間の集客を図って始まった、京都花灯路
観光業者のみならず、業者以上に観光で食ってる寺院も、この集客策には積極的に協力
特に目ぼしい花が咲いてるわけでも境内を無理矢理ライトアップし、夜間拝観を行ったりしてます。
もちろん京都観光のキング・オブ・キングたる清水寺も、東山花灯路期間中は夜間拝観を強行。
昨年2011年などは、震災直後で花灯路そのものが中止状態となったのにも関わらず、
見境なしにライトアップ+ビームを発射、普段以上に暗かった京の闇夜を切り裂いたものでした。
それから一年を経て、震災の問題も電気の問題も全然解決されぬまま迎えた、2012年の春。
東山花灯路は、チープな客を吸い寄せる電飾イベントの本分を発揮する形で、見事復活
清水寺の特別夜間拝観もまた、例年通りの内容と規模で開催されることとなりました。
花灯路は電力の全てを太陽光発電でまかなうため、原発もCO2も特に関係ありませんが、
清水寺のライトアップはグリーン電力なんかでは絶対に支えきれそうにない、電気使いまくり状態。
おまけに境内は改修が続いていて、遂に拝観最大の目玉である奥の院までが、工事へ突入。
普通なら、やめてもおかしくないところです。規模を縮小しても、おかしくないところです。
しかし、キングは、違うのです。やるのです。やるといったら、やるのです。
そんな夜の帝王の懐、またひとりで突っ込んできました。

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京都・東山花灯路2012へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年3月10日(土)


東山花灯路2012へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

桜シーズンの直前、そして紅葉シーズンの直後の観光客閑散期に、
何とか客、それも泊り客を確保しようとして始まった、電飾集客イベント・京都花灯路
2003年の第1回以来、光るものと無料のものが大好きな人民を集めることには見事に成功、
「客の数」 と 「落ちる金」 のバランス、さらには 「周辺地域への迷惑加減」とのバランスが、
ちゃんと取れてるのかは知りませんが、とにかく順調に回数を重ねてきました。
しかし、昨年2011年は開催直前に東日本大震災が発生。地震のみならず、原発事故も発生。
「電気を使う」 という行為そのものに、日本人全員が根源的疑義を抱かざるを得なくなり、
全ての電力を太陽光発電でまかなってきた花灯路もまた、一部から批判の対象に。
「今、強行する必要あるのか」 という声もあり、追悼イベントへの変更を余技なくされたわけです。
あれから1年が経過し、震災は収束するどころか、色んな局面で進行中&拡大中。
そんな状況の中で東山花灯路2012は、記念すべき10回目として始まりました。
てっきり自粛仕様で行うと思ってたんですが、甘かった。花灯路は、そんなもんじゃなかった。
10回目を盛大に祝う形で、イベントは例年以上に出し物がテンコ盛り状態化。
舞妓舞踊&狐の嫁入りなどの恒例のブツに加え、今年は粟田神社の大燈呂まで参戦、
もちろんメインアイテムである行灯も、LED化により開き直ったようなギンギラギンぶりを誇り、
光るものと無料のものが大好きな人民を、改めて呼び寄せる内容となっております。
別の言い方をすれば 「独男の鬼門」 という正しい姿に戻ったそんな花灯路、
この日はスタートから終了まで、かなりしつこくうろついてみました。

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市比賣神社のひいなまつりへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年3月3日(土)


市比賣神社のひいなまつりへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

市比賣神社。平仮名だと、いちひめじんじゃ。
名前からして雛祭りにふさわしい、実にレディーステイストを感じさせる神社です。
元々は商売の神様であり、平安京の官営市場である東市・西市の守護神として795年に創建。
昭和に入っても中央卸売市場構内へ分社が建てられたりと、そっち方面の信仰は篤いようですが、
やはり市比賣神社といえば 「女人厄除け」 こそが、一番の売り、メジャーな御利益。
私は全然知らないんですが、女性専門の厄除け神社というのは結構珍しいもんだそうで、
厄年の厄祓い、また良縁・子授け・安産などを求め、全国から悩める女性たちが参拝しに来るとか。
何でここが商売の神様から女性の神様になったのかも全然知らなかったので、
秀吉の命により現在地 = 遊郭・五條楽園のすぐ近所へ移転させられたことでも関係あるのか、
あるいは光源氏 = 源融の六条河原院跡に近いのも関係あったりするのかとか思ってたんですが、
そもそも市比賣神社の祭神は全て女神・比賣命。女性の神様なのが、当たり前と。
歴代の皇后からも篤く崇敬されているというほどレディース志向全開な市比賣神社ですから、
3月3日に 「ひいなまつり」 の名で行われる雛祭り行事も、極めて気合が入りまくり。
巨大雛壇へ十二単を着付けた人間が座るという 「ひいなまつり」 名物である 「ひと雛」 に加え、
貝合わせなどの雅なひいな遊び実演、そして 「ひちぎり」 が食える茶席と、お楽しみが盛り沢山。
盛り沢山過ぎて入場料が1000円と高価ですが、それもまた雅なのでございます。
そんな 「ひいなまつり」 、アウェー全開覚悟でもぐりこんでみました。

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醍醐寺の五大力へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年2月23日(木)


醍醐寺の五大力へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

五大力。
一応、念のために言っておくと、長州力とは関係ありません。
長州力にそっくりの人が餅上げ大会に参加してはいましたが、関係ありません。
正式名称、五大力尊仁王会。 「五大力の尊仁王会」 ではなく、「五大力尊の仁王会」 。
平安時代の五重塔で知られる世界遺産・醍醐寺で毎年2月23日に行われる最大の行事であり、
上醍醐の五大堂に祀られる五大力尊へ、国家安穏・万民豊楽を祈願する法会です。
本来は山上までしっかり登って、五大堂でしっかり厳修するのが筋なわけですが、
さすがに3.5キロの登山は万民には厳し。なので、山麓・下醍醐でも祭灯護摩供を、終日厳修。
また、災難&盗難除けの功徳があるという本尊・五大力尊」の「御影」 も、この日に授与。
この札は、愛宕さんの 「火迺要慎」 お札と同じく京の家々の定番のお札であり、
ゆえに、善男善女が集結。それを目当てに露店も集結。えらい賑わいとなるのであります。
加えて五大力の集客力をブーストしてるのが、餅。餅あげ。餅あげくらべ。
女性90キロ・男性150キロもの巨大な紅白の鏡餅を持ち上げ、持ち上げ続け、その時間を競い、
発揮した大力を五大力さんに奉納して無病息災を願うというのが、餅上げです。
戦後に余興として始まったものですが、巨大餅そのものの存在感と、
それを必死で持ち上げる挑戦者の姿のインパクトが人気を呼び、定着化。
この日は金堂+五重塔が無料開放されることもあり、今では京都に春を告げる行事になってます。
その五大力さん、生憎の雨ですが、行って来ました。

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阿含の星まつり2012へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年2月11日(土)


阿含の星まつり2012へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

阿含の星まつり。
正式名称、 「炎の祭典・阿含の星まつり 神仏両界大柴燈護摩供」 。
阿含宗が、京都・東山の総本殿で毎年建国記念日に行う、護摩法要です。
一大観光都市・京都にあって、50万人(主催者側発表)と宵山以上の動員力を誇り、
CMはバンバカ流れるわ、シャトルバスはR1を走りまくるわ、そこら中で山伏がウロウロしてるわと、
大騒ぎの祝祭状況を現出させる割に、何故か観光案内などでは扱いが小さい行事であります。
不思議だなあ。何でもっと大きく取り上げないんでしょう。いや実に、不思議だなあ。
ひょっとすると混雑が既にパンク状態で、取り上げようがないんでしょうか。何せ 「50万人」 だし。
でも去年行った感じでは、50万人はちょっとない感じに見えたけどなあ。不思議だなあ。
そんな不思議な星まつり、前年は早朝からそのシャトルバスへ乗り込み、
もの凄い雪が降る中で護摩が点火&爆発するオープニングを拝ませてもらった
わけですが、
今年はその逆、エンディングの鎮火・火伏せをメインにして出かけてみました。
何故かといえば、朝早く起きるのが面倒くさくて、しんどかったからです。
加えて、今回は現場まで徒歩で行こうと決めてたので、より安全な昼間を選んだわけです。
阿含宗総本山があるのは、清水寺・奥の院の背後から500mくらいのところ。
「歌の中山」 で知られる清閑寺&京都随一の心霊スポット・旧東山トンネルを通る道があったりと、
両者のアクセスは妙に良好だったりします。で、今年はそこを歩いてみた、と。

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2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【3】

2012年2月3日(金)


2012年の節分めぐり、さらに続きます。

【1】 八坂神社の芸舞妓舞踊奉納+豆まき壬生寺の節分狂言須賀神社で懸想文購入
【2】 北野天満宮の追儺狂言+芸舞妓舞踊奉納+豆まき千本釈迦堂のおかめ福節分
【3】 千本ゑんま堂の節分狂言吉田神社の火炉祭大炎上

【3】、千本ゑんま堂の節分狂言、そして吉田の火炉祭です。

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2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【2】

2012年2月3日(金)


2012年の節分めぐり、続きです。3日の昼の部。

【1】 八坂神社の芸舞妓舞踊奉納+豆まき壬生寺の節分狂言須賀神社で懸想文購入
【2】 北野天満宮の追儺狂言+芸舞妓舞踊奉納+豆まき千本釈迦堂のおかめ福節分
【3】 千本ゑんま堂の節分狂言吉田神社の火炉祭大炎上

【2】、北野天満宮の追儺狂言、そして千本釈迦堂のおかめ福節分です。

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2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。【1】

2012年2月2日(木)


2012年の節分をめぐってきました。もちろん、ひとりで。
2月2日と3日の両日を、暇丸出しでフルにうろつきまくってます。

【1】 八坂神社の芸舞妓舞踊奉納+豆まき壬生寺の節分狂言須賀神社で懸想文購入
【2】 北野天満宮の追儺狂言+芸舞妓舞踊奉納+豆まき千本釈迦堂のおかめ福節分
【3】 千本ゑんま堂の節分狂言吉田神社の火炉祭大炎上

の、まずは 【1】、八坂神社、壬生狂言、そして懸想文です。

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チャーミングチャーハンめぐりへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年1月22日(日)


チャーミングチャーハンめぐりへ行ってきました。もちろん、ひとりで。

チャーミングチャーハン。
その恐るべきネーミングセンスで、京都はおろか日本全国を震撼させた中華料理店です。
死ぬほど暇な時に思わず検索欄へ打ち込んでしまいそうなワードを堂々と屋号に掲げ、
「焼きめし+チャーハン付き」などという、言語への挑戦のごときメニューをひっさげたこの店が、
移転先の堀川丸太町で突如ブレイクしたのは、もう何時のことになるのでしょうか。
ブレイク当初は 「ネットやマスコミから散々ネタにされ、消費され尽くされたところで、終了」 か、
「ネーミングをさらにエスカレートさせ、収拾つかなくなり、終了」 みたいな展開を想像してたんですが、
店は意外にも普通のお手頃中華屋として存続&出前サービスが効いて地域に定着。
遂には2011年の暮、今出川通へ支店まで出してしまいました。
もちろん支店の方も、チャーミングチャーハンの店名、「焼きめし+チャーハン付き」、ともに健在。
もしかしてチャーミングチャーハン、狙ってるんでしょうか、飛躍を。
かつて王将が、四条大宮の賃貸ビルから全国区へ羽ばたいたような、飛躍を。
かつて天下一品が、北白川の屋台から全国区へ羽ばたいたような、飛躍を。
そのあたりの腹を探るべく、新規オープンの今出川店、そして本店を、いっぺんにめぐってみました。

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三十三間堂の楊枝のお加持と通し矢へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

2012年1月15日(日)


三十三間堂の楊枝のお加持と通し矢へ行ってきました。もちろん、ひとりで。

等身大の観音像を、千一体、並べる。
それは一体、どんな精神状態から生まれる発想なのでしょう。
「でっかい寺 or 仏像を作る」なら、わかります。大きいことはいいことだ、と。
数的膨張も、伏見稲荷の鳥居のような闇雲さがあれば、まだ人の体温が感じられるというものです。
しかし、三十三堂の千一体観音は、そのどちらとも違う印象を見る者に与えます。
熱狂を感じさせない、冷たく醒めた過剰さ。そしてそこに響く、救済を求める無言の絶叫。
普通の人間が考えつくものではない。少なくとも私は、そんなことを感じたりします。
後白河法皇。普通の人間ではないといえば、確かに普通の人間ではありません。天皇だし。
「今様狂い」「比類少きの暗主」と揶揄されるほど過剰な遊蕩に呆けながら、
源平を手玉に取って権力に固執し、なおかつその全てを放り出して熊野を何度も何度も詣でまくり。
勝負には絶対負けたくないが、勝ったところで全ては遊びだとも知っている、大天狗。
まこと「もののけ」と呼ぶにふさわしい、院政期を体現したような強烈なるパーソナリティです。
そして、その院から発願された三十三堂もまた、強烈なインフレーション感に溢れた建造物です。
そもそもは院の頭痛平癒を祈願して建てられながら、いわゆる癒しテイストは皆無、
だだっ広いにも関わらず開放感がなく、閉塞感+強迫観念=偏頭痛誘引効果が爆裂状態。
むしろ偏頭痛者のパースペクティブをそのまま具現化したようにさえ感じられ、
疾病退散の加持より、矢でこの頭を吹っ飛ばしてくれと頼みたくなること、しきりです。
そんな三十三堂の成人の日名物である、楊枝のお加持通し矢
「どんなだ」という話ですが、無料開放で頭痛がしそうな堂内へ、とにかく突入してきました。

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2012年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。 【2】

2012年1月1日(日)


2012年への年越しを、京都で迎えました、の続きです。

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2012年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。 【1】

2012年1月1日(日)


2012年への年越しを、京都で迎えました。もちろん、ひとりで。

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妙蓮寺宿坊で聖夜を過ごしました。もちろん、ひとりで。【後編】

2011年12月25日(日)


クリスマス・イヴ@妙蓮寺宿坊、続きです。

日本人にとってのクリスマスとは、一体何だったのでしょう。
「だった」と過去形なのは、最盛期の馬鹿騒ぎが現在のクリスマスには、ないからです。
姦淫を以て主の生誕を祝う不埒の輩どもが地虫の如く涌いた、20世紀後半の日本。
飴玉をもらった子供のように浅ましく「聖」と「性」を貪る当時の熱狂は、現在はもう、ありません。
凡庸な性的レジャーとしてのクリスマスを楽しんだ凡庸な人間たちの多くは、
消費社会の成熟や不況の深化とともに、凡庸な家庭や凡庸な友人たちとの集いへ帰っていきました。
今となっては、本気で「クリスマスで何とかしよう」と焦る人など、きっと少数派なのでしょう。
「そんなことはねえっ!!!!!!!!!!」 「イルミネーションのプレッシャーは年々増す一方だっ!!!!!!!!!!」
「仮に恋愛プレッシャーはなくなっても、凡庸な家庭や凡庸な友人すら俺にはねえっ!!!!!!!!!!!!!」
と叫んでしまう同志の方もいるかも知れませんが、しかしそんな方でも、
クリスマスの拡散に伴う陳腐化と性的衰退は、心のどこかでしっかり感じているはずです。
私達の戦いの半分は、終わりました。土俵へ上がる前に。
残った敵は、別の何かに対する、別の浅ましさ。その浅ましさが、今なお、私達を叩き続けている。
そして、昔とは違う形の袋叩きとして、現代日本のクリスマスは機能し始めている。
そんな気が、しませんか。私はあんまり、しないんですけど。
というわけで、どういうわけかわかりませんが、宿坊の聖夜、前編に続き後編であります。
妙味爆裂のクリスマス和菓子を用いた狂乱のひとりパーティーから、
法華曼荼羅の世界へ導かれる朝のお勤めまで、妙なる聖夜をお楽しみ下さい。

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